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店頭に戻ると、片手にマグカップを持った陽治と由香里が、親しげに話していた。
きっと由香里は、万知の夫だから気を遣って話してくれているだけなはず。そう思えば思おうとするほど、そうは映らなかった。
万知の目には、まるで二人が惹かれ合っているように映った。
陽治は、次は由香里を狙っているのかもしれない。
底知れぬ恐怖と絶望が万知の心に広がった。
「万知、用意は終わった? 帰ろうか」
万知に気が付いた陽治が、由香里から顔を上げた。振り向いた由香里の顔は、心なしか引き攣れているように見える。
「次は来週ね。お疲れ様、万知」
たぶん、頷いた万知の顔も引き攣れていただろう。
「お先に失礼します」
由香里の目が見れなかった。陽治に促され、万知は店を出た。
その夜、再び陽治に抱かれた。
この間のように荒々しくはなかった。
でも、慈しむようなわけでもない。
愛も情熱もない。機械的すらあった。
陽治は、万知の中に吐き出すと、荒い息のままシャワーに向かった。
キスはなかったけれど、涙は出なかった。
このまま抱かれ続ければ、いつかキスをしてくれるかもしれない。膣から流れ出る陽治の体液を拭って、万知は下着を身に着けた。
週末、母から電話が架かってきた。
「陽治さんは? いるの?」
「今日は仕事に行ったよ」
珍しく、夕飯は家で食べると言って出掛けて行った。
セックスのお陰で、少し距離が縮まったのだろうか。万知の元に陽治が戻ってきたような錯覚を朝から抱いて、少し恥じていたところだった。
「あらそうなの。……実はね、手紙が来たのよ。気味悪くて」
手紙? 気味が悪い? 万知はテレビを消して電話に聞き入った。
「この間の、ほら、シアンのぬいぐるみの話。あれの写真がうちに送られてきたの」
母の言葉を頭で反芻して、胸の奥が恐怖で冷たくなった。
「雅知と薫ちゃんは?」
「雅和は仕事よ。薫ちゃんは洗濯をしてる。二人にはまだ話してないんだけどね、怖くて。ああ、シアンは元気だよ、ね、シアン」
電話の向こうから猫の鳴き声が聞こえてきた。
通話を切った後も、シアンの写真のことが気になって仕方がなかった。
陽治はまだ帰って来ない。
万知は実家に行くことにした。
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