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清里での夜
「影喰い?」
それは初めて聞く話だった。
あらゆる生き物の影を食べて生きているという化け物。そいつに影を食べられてしまった生き物は徐々に弱っていって最後には死んでしまうのだという。
私の隣りで、私と同じように固唾を呑んで父さんの怪談話を聞いていた妹の千春が、恐怖心からかおもむろに私の腕に手をまわしてきた。
「お父さん、やめなさいよ。二人とも怖がっているじゃない」
そんな千春の様子を見て母さんが言った。その隣りでは祖父ちゃんと祖母ちゃんが笑っている。
父さんの故郷の清里での最初の夜。
お盆休みを利用して帰省した私と千春、そして父さんと母さんの四人は、甲斐サーモンや馬刺しといった山梨の名産の混ざった晩ご飯を食べ終わり、リビングでの雑談を楽しんでいた。
「そんなに怖いかねェ」
父さんは面白そうに笑いながらビールを飲んだ。
アルコールが入ると陽気になって意味もなく絡んでくるその性格は、父さんも祖父ちゃんも同じだというが、どちらかというと父さんの方がいつもそばにいるだけにタチが悪い。
「明日はどこに行くの」
「えーと、わかんない」
いつものように千春が祖母ちゃんの質問に答えられないのに答えようとする。
あなたはまだ清里が何処にあるのかもわかっていないでしょうが。私は思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。
「私は清里テラスがいいな」
これは祖母ちゃんへの答えというより、父さんや母さんへのアピールだった。
昨日の夏に初めて連れて行ってもらった清里テラスは、清里で一番標高の高いリゾート地『サンメドウズ清里』の頂上にある。
スキーシーズンでなければガーデンソファが設置されているので、ソファに寝転びながら富士山や南アルプスの山々の壮大なパノラマを堪能できる、とても素敵な場所だ。
「沙織のお気に入りの場所ね」
「あそこのジェラートは美味かったな」
「アイス食べたい」
「うちらも一緒に行ってみようか」
「そうねぇ」
「え、祖父ちゃんたちも来てくれるの。やったー」
今にも踊り出しそうな勢いで千春が喜んでいる。そんな妹の浮かれた姿を見ていたら、私もだんだん明日が待ち遠しくなってきてしまった。
明日は今日よりももっと楽しいことが起きる。そんな想いで頭の中がいっぱいになる。
そんなふうにして、清里での最初の夜は更けていった。
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