触手使い

1/1
前へ
/1ページ
次へ

触手使い

 糞食らえだ。なにもかも...糞食らえだ...!  これほど不幸なことがあるだろうか。  人生に一度の大勝負で引いたのは最悪だった。  だけど、そうだ。そんなに忌み嫌うならそういう存在になってやる...!  ...そうだな。目指すは...魔王、だ。 触手使い  手を翳して"それ"を出す。  ひくひくと蠢くそれはその持ち主である俺から見てもかなり気持ち悪い。だけど、そう。これが俺の__生涯の友であり、相棒なのだ。  ともあれ、そいつはまだ生まれたばかりで、今もくねくねと動いてはいるがそれだけだ。それに_長さも心許ない。せいぜい、俺の膝丈ほどの長さしかないそれは、ようやっと人間一人に引っ掛けて転ばせる程度の能力しか持たないだろう。  だけど、そいつはただの触手ではない。成長する触手なのだ。俺と共に。  ...ダメだ。一々自分と絡めていては憂鬱になるだけだ。  触手だけに...なんて下らない考えを放り出して、今は"これ"を育てる方法を考える。  一番早いのは魔物を倒す方法だが...それは難しいだろう。魔物は人間よりはるかに強力だ。人間一人を相手にしても力負けそうなのに、魔物なんて言語道断。それなら草食ってた方がマシだ。  ともあれ、この触手...触手というのはあまりに他人行儀だから触手くんと呼ぼうか...触手くんは、粘液を纏い対象に触れることでその対象を溶かして吸収することができるのだ。  そして、それはその主である俺と共有される。つまり、俺は口から食うだけでなく触手くんを通して食事することもできるのだ。そのお陰で草食って生きていける...とてもひもじいが。  それならば魔物に絡み付けばいいじゃないか、となるが、残念ながらこの小さな触手くんの溶解力は高がしれている。精々草を溶かすのがやっとだ。樹皮もまぁ、大丈夫だろう。木とか石は無理だ。...石って食えるのか?  そんなわけで、この触手くんをどうにかして鍛えない限りはどうしようもない。  それに、この触手くんは俺の相棒であると同時に俺の能力でもある。未だに半信半疑だが、"天から"授かった能力...のはずなんだ。  一生に一度だけ当人の好きなタイミングで行える儀式により授かる特殊な能力はレベルという概念が存在するそうだ。最初はレベル1だが、能力を使ったり、制御の練習をしていくとこれがレベル2,3と上がっていき、その分能力が強力になったり、新たな性能が開花したりするそうだ...この触手くんが。  正直想像したくない未来だが、そうでもしないと俺が死ぬ。のたれ死ぬ。それは嫌だ。だから、嫌でもこの触手くんを育てなければならないのだ。世知辛ぇ。世知辛ぇよぉ。  折角必死こいて働いて金貯めて好きな人にプロポーズしてさぁ、運命の瞬間だってときにコレだぜ?ほんと人生って何が起きるか分かんねぇな。神に祈る気も起きねぇわ。つーかいたらぶっころ。  そんなことを考えていると触手くんがいつのまにか目の前にいてくに?と首を傾げるように曲がった。うん?なんだ?慰めてくれんのか?そう呟くと、くにくにと俺の足元にすがり付いてくる。  なんだ。こうやってみると結構可愛げがあるじゃないか...ちょっと見た目が生理的に受け付けないだけで。...ふと思ったけど、こいつどっから生えてんだ?つーか、どうやってここまで来たの?  しゃがんでじっくりと触手くんの根元を見てみる。なんか触手くんは照れたようにくねくねと悶えているがそんなことはもちろん無視だ無視。...うーん?地面から生えてることは分かる。分かるけど...うん? 「なぁちょっと。こっからここまで移動してみてくれる?」  素直に従う触手くん。実に滑らかに移動してくれました。  ...ちょっと待てお前。地面から生えてんだよな?根っこは?なんでそんなに滑らかに動けるんだ?  気になったので引っ張ってみる。触手くんが抵抗するように身をよじるがそんなことは知ったこっちゃない。でも抜けない。結構伸びるけど、それだけだ。俺が触手くんを解放すると、彼?は抗議するように上下に 勢いよく震えた。すまんな。ちょっと気になっちゃったんだ。反省はしてないけど。  まぁ、深く考えないようにしよう。どっかで使えるかもしれないし、自分の能力をよく知ることは大事だ。うん。  それにしても...お前、なんか伸びてない?引っ張ったからか?俺の腰ぐらいまで来てない?  ...もう一度引っ張ってみよう。  その結果、触手くんはもう伸びず、むしろブチギレた触手くんが俺を絞め殺そうとしてあわや大惨事になりかけた。  俺を殺せばお前も死ぬんだぞ触手くん...いや、悪かったって。ごめんて。  結局触手くんが伸びたのと、どっから生えてるのか分からないし引っこ抜けないことが分かった以外は特に収穫も無く、森の中で夜になった。とりあえず木の上に登って寝ることにする。  流石に寝返りは打たない...打たないよな俺...?信じてるぞ俺。  翌朝。俺が目を覚ますと大分下に地面が見えた。地面...?  え、ちょっと待って。今俺どうなってんの?  そういえば、なんだか腰周りがキツいような、と思って腰を見てみると触手が巻きついていた。 「うぉあ!?」  暴れる俺。締まる腰。しばらく暴れて、大きく揺れて、揺れて?  恐る恐る周りを見渡すと、どうやら俺は空中にいるらしくて、振り子のように揺れているらしかった。  腰からぷるぷると伝わってくる振動。あ、なんか嫌な予感がするよ?  慌てて振り子を利用して木の幹に近付いてそこにしがみ付く、と同時に腰の触手が解けて、支えを失った俺は木の幹からずりずりと下へ滑り落ちた。  ひりひりする手に息を吹きかけながら立ち上がると、そこには紫がかったピンク色の紐が。見上げてみると木の枝から垂れ下がったそれは力なくぷらぷらと左右に揺れていた。  なんだこれ?そう思って昨日の出来事を回想して...回想...して。 「しょっ 触手くぅぅぅうううんっ!?」  俺の相棒は力なく垂れ下がっていた。すげー顔色悪いじゃんどうしたの。俺の所為だよすいませんでした!  石の上には随分長くなってしまった触手くんがとぐろを巻いている。顔色?は大分戻ってきたらしい。その手前で土下座するのは俺。どう見てもちんぷんかんぷんな絵面だが、俺は正気で本気だ。  たぶん触手くんは案の定寝返りを打って木から落っこちそうになった俺をその身体でつなぎとめてくれたんだろう。しかし、俺は疲れが溜まっていたのか起きず、朝までずっとそのまんま。  正直触手くんはかなり辛かったが、俺を落とすのは忍びないとずっと耐えてくれたっぽい...のだが。  その後は朝の顛末である。つまり俺が状況把握に手間取って暴れて、触手くんが千切れかけた、と。  これはもう正直土下座しかなかろうよ。  なんか心なしか随分長細くなり、触手というか変な色のツタみたいな感じになってしまった触手くんは、それでも俺を許してくれるのか、俺の頭をへたへたと撫でてくれた。  なんだよ。すげー優しいじゃん触手くん。いや、もう触手さまと呼ぼう。触手さま。俺一生ついて行きます。舎弟にしてください。  正直俺一人だったら死んでいた、というかそもそもこの能力が無ければこんなところにいるはずもないのだが、まぁ、そんなことはともかく。俺たちは川を訪れていた。  幸い、この周辺はガキの頃に駆け回ったのでなんとなく地形は頭に入っている。それでも流石に野外で一泊するのは初めてだったが、なんとかなったな。主に触手さまのお陰で。  革袋に水を補給して、自分も喉を鳴らして飲む。すると俺の横で触手さまがその先っちょを川べりに浸した。先っちょがぷくっと膨れたかと思うとそれが移動して根元のほうへと入って行く。  それを数回繰り返して、触手さまは川から先っちょを引き上げた。...うん?なんか太さが戻ってる気がするぞ?もしかして水さえあればどれだけ延ばしても...  っと、触手さまが俺の視線に気がついてぷるぷると震え始めた。いかんいかん。つい悪巧みをしてしまった。  確かに俺の生命維持のためには触手さまの強化が最優先ではあるが、彼?は命の恩人?恩触手である。そんな不義は出来ない。というわけで、とりあえず腹ごしらえがしたい。いい加減腹が減ってるんだ。  それに、水だけで元に戻るなら、食事をすれば長さが伸びるかもしれない。太さがより増す可能性もあるが。  とにかく、俺が我慢できないので川で魚を捕ろうそうしよう。川べりの草を適当にちぎって手に巻いて滑り止めにする。そしてざばざばと川に入り込む。  ガキの頃はこうやって魚をつかみ取りして焼いて食ったっけなぁ。5男だったから飯が足りなかったんだよ。  ...あれ、おっかしいなぁ。全然取れないぞ。手は大きくなったはずだからとりやすいはずなのに、全然掴めない。もしかして身長が伸びた分と足が大きくなった分で色々と難易度が上がったのかもしれない。  それになんかさっきからちゃぱちゃぱ五月蝿いんですけど。ちょっと触手さま静かに...え?  触手さまの腕?には幾つもの魚がぴちぴちと元気に絡めとられていた。 「ほああぁぁぁあ!?触手さま万歳!」  びっくりした触手さまの腕から魚が滑り落ちて川へと元気に戻っていった。ごめんなさい。  もう俺触手さまのヒモになるわ。そう決めた。もし触手さまがオスなら俺ホモになるわ。うん。  そう思えてしまうほど、触手さまは大活躍だった。  食事の用意は勿論、随分と手先?が器用で料理も狩りもなんのその。  人間一人引っ掛けられれば云々と俺が言っていたがありゃウソだ。普通に鹿の足絡め取って地面に縛りつけたりしてそこに俺がトドメを刺すわけだ。まぁ共同作業ではあるがほぼ触手さまの手柄だな。うん。  そんなこんなでそれなりに月日が経過した。俺は髭もじゃの未開人になっちまったが、触手さまはその数を増やし3本に、長さも俺の背丈ほどになり、普通にバケモノと化した。  が、俺には優しい。すこぶる優しい。食料も今では自分で絞め殺して持ってきてくれるし、  毛を綺麗に溶かして皮は俺にくれるわ、血を吸って血抜きしてくれるわ、臓物は全部食ってくれるわ、挙句は肉を枝に刺して料理までやってくれる。角も溶解で形を整えて棍棒にしてくれたりと至れり尽くせり。  もう俺森で生きていけるわ。  じゃねぇ。  俺は魔王になるんだって。だからこの程度じゃダメなんだって。分かれよ俺。思い出せよあの日の屈辱を。そういうわけで俺は触手さまに髭を整えてもらって森を出ることにしたのだった。  新たな冒険という名の触手さまとのヒモ生活兼旅の始まりだ!! 〇〇先生の次回作にご期待ください。なお、続編はありません。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加