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「よっちゃーん、また天気予報外れだよ。それにインパクトもなくなってきたね。」
私は朝のバラエティ番組「ぐーてん・もるげん」のお天気コーナーGOOD・天気(ぐってん)」を担当しているお天気キャスターのよしこ。お天気コーナーは他局の朝バラでも力を入れているので、一種の激戦区だ。人気を得るには、天気予報が当たって、キャスターが美人で、そしてコーナーとしてインパクトがあること。そうじゃないとすぐに他の朝バラに負けてしまう。でも私は真面目に天気予報を伝えようと心がけているので、天気予報のクオリティ命。だけどそんなのはマジメ系の他局に任せておけばよく、キャスター自体のアイドル度とかコーナーのインパクトこそ大事だと考えているのが今のディレクター。私がお天気キャスターになってから2人目となるディレクターで、私の路線とちょっと合わない。前のディレクターはわりと職人気質で、クオリティの高いお天気コーナーを目指していたんだけどなぁ。なんとなくキャスターも下ろされそうな気がしている。路線が違うのだから、しがみついても仕方がないとは思いつつ、折角のこの仕事をあっさりと下ろされるのも納得がいかない。最近はそんなことばかり考えて、悶々としている。そんな私を見てディレクターが言う。「よっちゃーん、表情が明るくないよ。」(ほっといてよ、誰のせいなのよ。)
仕事が終わり、ぐったりしていた私はまっすぐ家に向かって歩いていた。外はすっかり日が暮れて、星がまたたいている。(明日は晴れだな。ちゃんと当たる予報を出さなきゃ) 空を見上げながら、そんなことを考えていたら急に目の前が明るくなった。ライターのフリント(発火石)がスパークしたような明るさ、いや、もっと青白い光。これは高温に違いない。さては流れ星か?私はとっさにスマホを空に向け、録画ボタンをタップした。始めはスマホを取り出す前に流れ星が消えてしまわないように、と思っていたが、いつまでたってもこの発光現象は収まらない。おかしい。あれは一体なんだ。なぜ普通の流れ星の様に一瞬で消えないんだ。私は目を細めながら、光のほうにスマホを向け続けた。光がまぶしすぎて良く分からないが、何となく光が大きくなっている気がする。もしかして、こっちに近づいてきている?そうか、流れ星が私の方に向かって落ちてきているのだ。とにかくビデオのフレームから外れないようにしなくては。私はまぶしさで目を細めながら、空とスマホ画面を交互に見比べて、とにかく流れ星をフレームアウトしないように空に向け続けた。光はどんどん大きくなり、空気を切る音が聞こえ始めた。光とともに音もどんどん大きくなっている。これは危険だ。そう思った瞬間、大音響とともに、目の前が真っ白になった。網膜の血管が見えた気がした。これは危険だ。とっさに地面に伏せて、この爆発ともいえる流れ星のはじける衝撃から身を守り続けた。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。多分1分も経っていないと思うが、すごく長い時間に感じた。辺りにはシューっという空気が渦を巻くような音と、若干焦げるようなにおいが漂ってる。私は起き上がって手足を見た。特にケガはしていない様だ。痛いところもない。スマホは?・・・壊れていない。ビデオの再生ボタンをタップしてみた。強い光がフレームにばっちり収まっている。我ながらうまく撮れたと感心した。この映像、どうしよう。最初はネットにアップしようかと思ったが、ふと思いついた。明日のお天気コーナーで紹介したらどうかしら?早速ディレクターに連絡した。映像を送れ、という返事があったので送ってみた。5分くらいして電話がかかって来た。「よっちゃん、これは良いよ。明日使おう!」
翌朝のぐってんは大好評だった。何しろこれほどの迫真の隕石映像を撮った人などいないのだ。映像はぐってんだけではなく、その日の各時間帯のニュースでも取り上げられ、そしてネット上でも、ものすごい反響だった。ディレクターも今まで見せたことのない笑顔で私に言った。「よっちゃん、これはもうスクープだよ。ぐーてんもるげんも盛り上がったし、ぐってんも最高だったよ。」「ありがとうございます。あとは天気予報が当たればいいなと思いますが。」「いいんだよ、いいんだよ、そんなの。隕石でいただきだよ。予報は二の次」「・・・」(やっぱり路線が違う・・・)「だからさ、よっちゃん、明日もガツンとした映像頼むよ」「え、それ難しくないですか。隕石なんか毎日落ちてこないし。」「隕石じゃなくてもいいんだよ。何かインパクトがある映像があればいいの。オリジナルのやつね。また何か撮っといてよ。よろしくー。」と言って、ディレクターは行ってしまった。そんなインパクトのある映像なんかそうそう撮れるわけないじゃない。そんなんだったら誰も苦労しないわよ。というか、天気予報と関係ないじゃん。こんなムチャ振りに途方に暮れながら家に帰った。あーあ、隕石なんて撮らなきゃよかった・・・。
家に着くと宅配ボックスに何か入っているのに気がついた。(なんだろう・・・。何か注文したっけ?)両の手のひらに乗るくらいの大きさの箱が1つ、中身は想像がつかない。宛名は確かに私の名前が書いてある。立花美子と。差出人は、クリーンワールド(株)・・・?聞いたことがない。何だろう、これ。マスク押し売り商法かなにかかしら。でもその割には重い。箱の横に、「天気予報研究会試作品」って書いてある。試作品?天気予報の?私は注意深く開けてみることにした。出てきたのはプチプチで厳重に梱包された球体だ。これは・・・水晶玉!?・・・なんで水晶玉?気味悪いとは何故かその時思わなかった。今から考えると不思議だが、怪しさはなかった。(水晶玉ってこんな風になってるんだ・・・)そう思い、のぞき込むと、水晶玉の奥の方がぼやーとかすんでいて、吸い込まれるような気がした。じーっと見ていると、何か映像の様なものが見えるような、見えないような。(どうしよう、これインパクト映像に使えるかな?不思議なものが見知らぬ人から届きました、とかなんとか言って。・・・でもそれじゃ不用心な人に思われるか。)そんなことを思いながらスマホで撮影してみた。すると、水晶玉の中の映像が段々クリアーになっていく。私はスマホ越しに凝視した。何かが降っているように見える。これは・・・、雹だ。もくもくと空に浮かびあがった黒い積乱雲から、激しい雹が降っている映像に見える。なんで水晶玉にこんなものが映るの?周りを見回した。でも積乱雲も雹も周りにはない。当たり前だよね、部屋の中なんだもの。何これ?不思議な水晶玉。私はふと思った。(明日の予報って、快晴だけど、午後夕立があるかもしれなかったな。この映像使えるな。)今から考えると、水晶玉を気味悪がることなく、仕事につなげられることを喜んだなんて、ちょっと普通の神経じゃなかったかもしれない。でもディレクターに連絡すると、その映像を天気予報に使うことは一発OKだった。
翌朝のぐってんでは、得体の知れない水晶玉のことは伏せて、こんな天気に気を付けて、的なノリで映像を流した。お天気キャスターが2日続けてスマホの映像を紹介したことが、意外性があったみたいだ。雹の映像は、みんなに丈夫な傘を持って行かせるには十分だった。でもこれで外れたら苦情だ。こんな快晴の日に、こんな重い傘を持って行かせるなんて。しかし、この心配は杞憂に終わった。快晴の天気は夕方に急転直下、真っ黒い積乱雲から豆粒ほどの雹が大量に降り注いだ。私はびっくりした。水晶玉に現れた映像と同じ光景が出現したのだ!ぐってんの視聴者もびっくりしたようで、ネットではこの話題で持ちきりだった。「よっちゃん超的中」「天気予報で流れたのとそっくりの雹が降った」「傘がなかったらケガしてたかも。ありがとー。」この反応にディレクターも満足顔。ぐーてんもるげんもぐってんも人気が上がりそうだ。「こんな調子でさ、よっちゃん、明日も頼むよ!」・・・ムチャ振りも相変わらずだった。
家に帰って、この不思議な水晶玉をあらためてまじまじと見た。これは一体何なんだろう。なぜ映像が現れたのか。そして、なぜそれが的中したのか。もちろん偶然だとは思うけど、映像が現れたのは謎だ。むかしiPhoneが登場した時、タッチパネルのスクリーンに画像や映像が現れた時は衝撃だったけど、これはその球体バージョンなのか?そう思って、じーっとのぞき込んでいると、水晶玉の奥がピカッと光った。何?何が起きたの?ちょっと引きながら見ていると、それは稲妻の映像だった。稲妻!?そう言えば明日は雷雨注意報を出そうと思っていた。私はすかさずスマホで撮影して、翌朝テレビ局に出社した。ディレクターは勿論使用OK、ぐってんでは、雷雨注意報を出し、スマホの映像を流した。果たして、その夕方、私の流した映像の通りの雷雨が発生し、そして番組と私の評判はまた一段と上がった。ネットでの書き込みは到底私が見切れるほどの数を超えていて、相当な盛り上がりを見せている様だった。もちろん驚きと好意的な意見が圧倒的多数。
でも、こんなに都合のよい映像がそうそう現れるのだろうか?その日の夜、そう思いながら水晶玉をのぞき込んでいた。すると、また奥の方がぼやーっとしてきて、何かの映像が浮かび上がろうとしていた。今度は何だ?ぼんやりとだが、白い何かが浮かび上がってくる。雲か?しかし、そこに肌の色が浮かび上がる。これは、人か?白い髪の毛とひげの老人らしき映像が浮かび上がってきた。そして水晶玉から突然声がした。「つかみはOK!!」え?何?誰?何で音が出るの??水晶玉の奥に現れたのは、いかにも漫画に出てきそうな神様の顔だった。その神様がしゃべり出した!「水晶玉の映像、だいぶ評判が良い様じゃのう。」「え?え?あの、どちら様ですか?」「神様じゃよ、見りゃ分かるだろ。」 ・・・って、何で水晶玉がしゃべるの?これは球形のスマホ??「おまい、明日はこの映像を流せ。」神様はそう言って、水晶玉の映像が切り替わった。そこには、夜の繁華街で、肩を組んで千鳥足でよろよろ歩いているサラリーマン風の男の人たちの映像だ。しかも、このご時世、マスクをしていない。そのまま道に倒れこんで他の通行人の妨げになっている。ここで神様(?)の声が響いた。「どうじゃ、問題あるじゃろう?不用心だとは思わんか?」「はあ、それは確かに。・・・でもこれをお天気コーナーに流すのはちょっと違うかと・・・てか、なんでこんな映像をテレビで流さないといけないんですか。」「これを流すことによって、世間を啓発するんじゃ!」「啓発って、私がやっているのは天気予報なんです。まじめに天気予報を伝えているんです!」私は水晶玉の中の自称神様に反論した。「啓発だって真面目な活動じゃ。おまい、とにかく明日これを流せ。」「いやです。天気予報に関係ありませんから。」「そんなことを言うと、もうインパクトのある映像を見せてやらんぞ。折角評判が良くなってきたのに、おまい、それで良いんか?」「脅迫じゃないですか!そんなの。」「あのなぁ、頭を使うんじゃ。この酔っ払いの映像を天気予報につなげる工夫をすれば良いんじゃ。」「そんなの、どうやって?」「頭を使うんじゃ。たとえば、明日は雨で路面が滑ります。こんな風にヨレヨレになって歩いていると滑って転ぶし、人の傘にぶつかって危ないですよ、とかなんとか言えばいいのじゃ。そして、こんなに酔っぱらって騒ぐのは恥ずかしいですよ、飲むなら格好良く飲みましょう、とか言ってやるんじゃ。ついでにマスクをつけましょう、とな。」私は絶句して反論する気が失せた。工夫すれば、まぁそういう持って行き方にはなるけど、ディレクターがOK出すわけがない。私は神様に言った。「もういいですよ、明日上司には相談しますけど、実現するかどうかは分かりませんからね。」「まぁ、やってみい。」
「OK、いいよ、よっちゃん、それで行ってみるか。」「え、いいんですか、こんなんで」翌朝、ディレクターはあっさりOKした。「いいんだよ、お天気の枠を超えてさ、スパーンって行ってみようよ。」私はあらためて思い知らされた。このディレクターは、私の真面目路線とは全然違うタイプなんだ。話題性があれば何でもOKなんだ。なぜなら、「よっちゃんさあ、不思議な水晶玉の映像ってことテレビでしゃべっちゃおうよ。そうすれば話題性抜群、もしかしたら学術調査の依頼なんかも来て、特番も組めるかもよ。」「え、でも何か世間的には胡散臭そうじゃないですか。」「大丈夫、大丈夫。それに、この酔っ払いの映像だって、水晶玉の映像だって言えば話題になるけど、そこを伏せると、夜の街で勝手に撮影した映像だってことになって、プライバシー侵害とかなんとか言われちゃうんじゃないの?」このディレクター、水晶玉の神様(?)とどこか似ている。人を丸め込むのがうまいというか、工夫がうまいというのか。しかし、神様とディレクターの狙いは大当たりだった。繁華街で格好悪く大騒ぎするサラリーマン姿の映像が効いたのか、ネットでは、「格好良く飲もうぜ、大人なんだから。」とか「マスクもしないなんて、ありえないよね。」「ぐってん、良い路線を走っているよね。世の中良くしよー。」といった好意的な意見が飛び交っていた。ちょっと悩んでしまう。私の路線よりも、こんな軽い路線の方が評判が良いなんて。多少ヘコんで家に帰り、水晶玉を見ていると、また白い髪の毛と白いひげの神様(?)がもくもくと現れてきた。「おまい、首尾は上々じゃな。その調子じゃよ。」「・・・」「なんじゃその顔は。世間の役に立っているんじゃぞ?」「・・・今度はどんな映像を流せって言うんですか?」「なんじゃ、その投げやりな態度は。うーむ、まあ良いわ。次はこれを流せ。」そう言って神様(←多分・・・)から映像が切り替わった。そこに現れたのは高速道路でジグザグに走って前の車を威嚇しているあおり運転の映像だった。「・・・こんなの、天気予報とは関係ないですよ。」「だからおまいは工夫が足りないと言うんじゃ。啓発映像としては大事な映像じゃ。だから工夫して天気予報と結びつけよ。」「ええーー、どうやって・・・」「頭を切り替えてみよ。」「ううーーん。こんな危険な運転するとスリップするとか?雨で路面が滑りやすいとか?」「そうそう、その調子じゃ。」「あと、強風の時はスピードを出し過ぎるとハンドルを取られるので危険です、とか・・・かしら?」「良いじゃないか、だいぶ出来るようになってきたわいな。」
翌朝ディレクターに相談すると、「うん、今日はそれで良いんだけどさ、何か上から目線が鼻につくような映像が多いと、視聴者、離れちゃわないかな?」私もそう思う。てか、最初からこれは私の路線でもなければ、天気予報で流す映像でもないと思う。だけど、連続モノになって話題になっていることも事実。今更やめられないかも。確かに、今日の映像もネット上では面白がられて、支持する声が多かったらしい。その日の夕方に水晶玉に現れた映像は、会社でパワハラする上司の姿だった。これを神様の言う「工夫」により、「今日は雷雨となるでしょう。でも会社での雷はパワハラです。パワハラすると訴えられるので気を付けましょう。」ということで放送した。さすがに無理がある。これ以上変な映像を押し付けられるのなら、神様に抗議しないといけない。私はそう決意して家に帰った。
水晶玉をのぞき込むと、いつもの様にボワーっと神様が現れた。「神様!!」「な、なんじゃい、出鼻をくじくな、びっくりするではないか。」「今日も変な映像を出すのですか?私はもうテレビでは流したくありません!」「何を言っておるんじゃ、番組も好調、啓発活動も効果が上がっておるではないか?」「でも天気予報が変な方向に行ってしまっています。私は元に戻したいんです。」「今のままで良いじゃないか。」「ダメです!戻したいんです!!」「そんなこと言うても・・・」「もうやめにしますから!」水晶玉の奥の神様がうなだれている。神様でもヘコむことがあるのだろうか。ちょっと気の毒だとは思うけど、私も耐えられない。ディレクターが「水晶玉に映る不思議な映像」、という触れ込みで放送するものだから、ネット上では、「ぐってんのお天気キャスター美子さんは、実は巫女さんなのか。」みたいなダジャレで盛り上がっている。神様が口を開いた。「せっかく評判が良くなって、巫女さんみたいな言い方もされとるのに・・・」「私は美子であって、巫女さんではありません。天気予報はお告げではなく、科学なんです!!」「巫女は神に仕えるのだから、ぴったりではないか。」「神に仕えているんじゃなく、良いように使われているんです!」また神様がうなだれた。そしてポツリと言った。「・・・わしはな、世の中を良くしたいと思ったんじゃ。最近の世の中は、すこし行儀が悪くなっておる。自分勝手な人が増えて、それを周りも正そうとしない。これでは正直者が馬鹿を見る世の中になってしまう・・・。手遅れになる前に、こうやってこまめに正しい方向を示すことが大切なんじゃ。おまいは、それを手伝っている立派な巫女なんじゃ。」「・・・」今度は私が黙る番だ。世の中を良くしたい、そんなことをしみじみと言われると、何も言い返せなくなってしまう。「・・・でも、私もこれ以上・・・。」ディレクターも次第に否定的になっているし、ネットでは評判かもしれないけど、いつまで人気が続くか分からないし。「・・・」「・・・」神様も私もしばらく沈黙が続いた。沈黙のなか、私は解決する方法を懸命に考えていた。啓発活動の火は消さない、でもぐってんでやり続けるにはそろそろ無理がある、一体どうすれば良いのだろうか。そのとき、頭の中で火花がスパークした。名案かもしれない。「神様。」「・・・ん?」「良い方法を思いついた。」「・・・」「神様、私に工夫しろ、頭を使えって言ったじゃない?私思いついたの。」「・・・言うてみい。」「明日のぐってんで私こう言う。『今日は1日快晴です。夜は満天の星空になるでしょう。東の空には美しい月も浮かびます。学校やお勤めの帰りに見上げてみてはいかがでしょうか?たまにはみなさん、大空を見上げてみましょう。』って。」「・・・」「そこで、東の空に、神様がみんなに見せたい映像を映し出すの。どう?このアイデア。」「・・・分かった、やってみようかのう。」
翌朝のぐってんで、私は前の晩神様と示し合わせた通り、夕方から夜にかけて東の空を見るように呼びかけた。珍しくスマホの映像を流さなかったこともあり、視聴者のみんなは興味を持った様だった。そして、夕方。思った以上に多くの人が東の空を見上げている。確かに、美しい月が浮かんでいる。大勢の人が目先の事に追われ、ゆっくりと空を見上げることがなかったのだと思う。みんな優しい表情をして、東の空に浮かぶ月を眺めていた。するとその時、月の右隣あたりに、ぼやーんとした空気のよどみが現れた。(神様が来た!)そのことを知っているのは私だけだ。どんな映像を流すのだろう・・・私は少しドキドキした。やがて白い髪の毛に白いひげの、漫画に出てきそうな神様が現れると、どよめきが起きた。現代人というのはすごい。どうやら多くの人が、これは何かのイベントで、最新技術を使って空に映像を投影しているに違いない、と思っている様だった。大空に浮かんだ神様はしばらく無言でいた。この沈黙の間が、人々の注目をより強く集めるということを知っているかの様だ。地上では人々が固唾を飲んで空を見上げている。何だ、何が始まるんだ?やがて、神様が目を見開いた。そして、「かーーーーーつ!!!」と叫んだ。「この地上のばかもーーーん。おまいらのその生活態度は何じゃ!全くなっとらーーーん。」そう言うと、普段言いたいことが相当たまっていたのか、神様は延々と説教を始めた。スマホを見ながら歩くと人にぶつかって危ないじゃないか、とか、歩車分離式信号なのに人が横断中に車を発進させるんじゃない!とか。イベントを期待して見ていた人たちも、説教が延々と続きそうだということを悟って、一人また一人と立ち去って行った。(あーあ、神様・・・)私の頭の中には、漫画でよくあるモジャモジャが浮かんでいた。(神様、いきなり説教はダメだよ。志は尊いんだけど、ちょっと無理があるわよ。神様、私に言ったじゃない、頭を使え、工夫しろ、って。折角の機会だったんだから、もうちょっと良い方法を考えないと。)しばらく東の空を見上げていたが、私も家路についた。(一応この映像、明日のぐってんでは流しておいてあげるね。それから、もうしばらくはぐってんで啓発映像を流さなきゃなぁ・・・)家に帰ったら、今日は水晶玉と反省会だ。
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