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あれは私がまだ幼い頃の出来事でした。
毎年夏が来ると、従姉妹の姉が私の家に遊びに来ていたのですが、その年は一月ほどの長い間泊まり込んで、私の遊び相手をしてくれたのです(聞いた話では、彼女の両親が離婚するかしないかの瀬戸際だったとか) 。
私は姉が大好きでした。カスタードクリームのような優しい色の柔らかい髪を背中まで伸ばして、白い肌が眩しくて、"幸せ"をめいいっぱい詰め込んだような笑顔が、すごく可愛らしい、魅力的な人でした。
そんな姉と私は、この時期になると決まって一日中海で遊びました。というのも、私の家から歩いて数分の場所にはビーチがあって、家の2階のベランダからは、キラキラと輝く海面をいつでも眺めることができたのです。
私は人の多いところは苦手だったので、なるべく人目のない場所で貝殻を拾ったり、砂のお城を作ったり、海水に少しだけ触れてみたりしていました。姉はきっと退屈で仕方がなかったでしょう。
ですが、姉は穏やかで優しい人でしたから、嫌な顔ひとつせず、私と遊んでくれました。
いつものように、姉と海へ遊びに出かけた、ある日のことでした。
私たちの遊び場である何もない砂浜に、その男の人は立っていました。何をする訳でもなく、本当にただボーッと、波打ち際に立って海を見ていました。
男は白いTシャツに黒の半ズボン、格好におかしな点はありませんでしたが、目を覆う長い前髪で表情が読み取れず、なんだか気味が悪いと思いました。
しかし、ふと見上げたときの姉の顔は違いました。まるであの気味の悪い男に見惚れているようでした。
数日経っても、その男は毎日ずっと同じ場所に立っていました。私たちが来てから帰るまで、ピクリとも動かずに立ち続けていました。気味が悪いけれど、場所を変えるにしても他にいい場所はありません。なにより後から来た見知らぬ他の男に、この場所を譲りたくなかったのです。
そしてついに、姉は男に話しかけました。私はそれを気にかけながらも、お城を作るのに夢中なフリをして聞き耳をたてていました。
波の音や遠くではしゃぐ人達の声で上手く聞き取れませんでしたが、男の返事はなんだか鈍くて、殆ど姉が喋っているようでした。
私はいつ姉が襲われるかと、気が気ではありませんでした。いえ、どこからどう見ても、その男は普通の人間でした(確かに気味は悪いけれど)。ですが、なぜか私には、その男が化け物かなにかだと思えて仕方がなかったのです。
それなのに私が見たことのない笑顔で、楽しそうに話す姉が信じられませんでした。
私は結局なんにも集中することができず、ただただ砂をほじくりかえしていました。
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