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しかたのないことだと、彼と私の運命なのだと、いくらそう思おうとしても、彼が今この瞬間、暗い海の底へ行こうとしているのだと思うと、いてもたってもいられず、私は覚悟を決めました。
皆が寝静まったのを確かめて、そっと家を抜け出し、私は無我夢中で走りました。
今日の月は、目を見張るような満月でした。たどり着いた砂浜は月明かりに淡く照らされて、海面は揺れる度にキラキラと輝きます。
彼は遠くで、腰まで海に浸かっていました。私は息があがってしまって、上手く声を出せません。彼はゆっくりと進んでいってしまいます。私は砂を蹴飛ばすように走って、海を掻き分けるように彼を追いました。
「待って!」
やっと声を張り上げたそのときには、彼はもう胸の高さまで海に溶け込んでいました。
振り返った彼は一瞬、怒っているような、泣きそうな顔で何かを言いかけましたが、最後には困った顔で笑って、両手を広げました。
私は嬉しくて堪らなくて、彼の胸に飛び込むようにして抱き締めます。受け止めた彼はそのまま背中から海に沈んでいきました。私ごと沈んでいきました。
海の中で見る彼は、岩陰にいたときよりずっと美しく、何本もの青白い触手が月明かりで眩く光って、海の中を舞っているようでした。
沈みゆくまま、私の気持ちは晴れやかで、海中の神秘に酔いしれながら、私は彼に口付けました。
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