あと5分、あと5分

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あと5分、あと5分

「お待たせいたしました。ほうれん草のソテーと、ドリンクバー用のカップでございます」    ぼくは大宮純、26歳。8月のある日曜日、ネトゲで知り合った、リコリスさんという2歳年下の女性と、サイゼリヤで二人で会う約束をしていた。  待ち合わせ場所をここにしたのは、リーズナブルだから多少長い時間居てもお財布に優しいし、店もオシャレだからデートには最適だと思ったからだ。  普段仕事以外はネットゲームばかりしているが、そこで知り合った彼女と気が合って、今日デートすることになったのだ。互いに目印としてコスモスの花をあしらったワッペンを付けることになっている。  リコリスという名前は本名ではなくハンドルネームらしい。本名は、会ったときに、ということであった。  彼女が好きになった理由は、話しやすくて気が利きそうだったのと、ボイスチャットでしか話したことはないけど初恋の相手に似ていたこと。小学校の時の幼なじみで仲も良かったんだけど、親の都合で海外に行ってしまったんだ。彼女と話していると、その娘――梨花さんがダブってくるから不思議である。ゲーム以外には小説を書いているらしい。恋愛小説が中心らしく、そういうのが苦手なぼくはまだ読んだことは無いが。  店内はランチタイムとあって、OL風のお姉さんや若い男女のグループなど、そこそこの混み具合だ。その中で暑いのに黒いゴシックドレスを身にまとった高校生ぐらいの女の子が目に留まったが、リコリスさんでは無いので軽くスルーした。  ぼくは小太り体型で顔もイマイチだけど、人間は中身だ。きっと彼女はぼくのことを気に入ってくれるだろう。  彼女との約束は12時。今は11時55分。ソテーならあと5分で十分に食べられるだろう。我ながら完ぺきな作戦だ。 ――5分後  リコリスさんが来ない。まあ、何か事情があって遅れているのだろう。 ――10分後  ……来ないな……、ちょっとLINE入れてみよう。 ――15分後  LINEの返事が無い。あと5分だけ待ってみよう。 ――20分後  相変わらず返事が来ない。でも、あと5分だけ……。それにしてもソフトドリンクだけだと限界がある。 「すみません、コーンクリームスープください」 ――30分後  コーンクリームスープも飲み干してしまった。LINEは既読にならない。何か事故でもあったのか? それとも、もしかして、とにかくあと5分だ。5分だけ待ってみよう。 ――1時間後  あと5分、あと5分と粘り続けて1時間。何度も「何かありましたか?」とLINEを送るが相変わらず既読にならない。これは完全なるスッポかしだ。お腹も空いてきたのでごはんものを注文し始めようと思ったのだが…… 「グリルチキン&ハンバーグとキリン一番搾りとドリンクバー、それとシーフードパエリアください」 「かしこまりました」  勢い余ってメニューから目についたものを次々に注文し、一気にやけ酒とやけ食いモードに突入してしまった。  注文を待っている間、暇なので店内を観察していると、店内の客もあのゴシックドレスの女の子以外はだいたい入れ替わっていた。  5分ほどで注文したものが届くと、ぼくは一気にそれらを口に放り込み始めた。  やけ食いを続けていると飲み物がすぐに無くなる。ドリンクバーに立つとくたびれた初老のサラリーマンらしき男性が入店してきた。彼は店員に案内された席に座って何かを注文すると、すぐに立ってゴシックドレスの女の子に話しかけた。すると彼女はひとつふたつうなづいて彼の向かいに座った。  ……、なんだろ「パパ」とか言うものだろうか?  次の瞬間、思いもよらぬ出来事が起こり、ぼくは一部始終をこの目で見ることになった。
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