聖女、国王謁見を希望する

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聖女、国王謁見を希望する

 その場にいた騎士団にも、宮廷魔術師にも、当然ながら国王に謁見できるだけの権力を持っている者などいなかった。  ……この場で国王に謁見できる権力を持っているのは、アンナリーザただひとりであった。  国王の命令に逆らうのは怖い。  しかし仮に聖女に逆らった結果怒らせ、他国に亡命されて、信者救出の名目でアンテナート王国を攻め滅ぼす口実を与えてしまうのは、もっと怖ろしい。  それ以前に彼女が、アンテナート王国に魔物よけの結界を張っているのだ。もし彼女の命が結界に注がれなくなったら……。  他国に攻め滅ぼされるか、魔物に攻め滅ぼされるかの二択である。とてもじゃないが現場に出ている下っ端が、そんな国の危機を現場判断で決められるようなものではない。 「……わかりました、国王の元にお連れします」  この場において、一番身分が高いのが聖女アンナリーザである。彼女の命令に逆らえなかった。それで下っ端の騎士団員も宮廷魔術師も、言い訳ができる。  ぶっちゃけた話、上に丸投げしたのだ。  どのみち上司から現場判断で決めるなと怒られるだろうが、どの怒りが一番マシかと言えば、この選択肢以外になかった。  彼女を馬車に乗せる際、赤毛の男性に関しては皆困った。彼はどう見ても吟遊詩人であり、吟遊詩人はその生業上、口が軽いことで有名だった。できれば同じ馬車には乗せたくはなかったが。 「彼は私の友人です。彼も乗せなさい」  アンナリーザの鶴のひと声で、彼も同行させることにした。  リビングデッドがいつまで経っても滅びないのも、聖都ルーチェが結界で封鎖されてしまっているのも、空がこんなに青いのも、全部聖女が悪い。  現場の騎士にも宮廷魔術師にも、なんの権限もないのだから、とりあえずは彼女のせいということにした。  ……残念ながら、彼らには命令を破ってまで、聖都ルーチェの神殿で避難している都民を助けようという発想は、これっぽっちもなかった。見知らぬ民を助けてリビングデッドになるよりも、見て見ぬふりをして、国の命令だからと結界を張り続けて、聖都に侵入しようとする厄介者を捕らえているほうが、よっぽど仕事をしている感があったからである。 ****  空は青く澄んでいる。  流れる雲を見上げる暇など、そういえばルーチェにいた頃にはちっともなかったと、カルミネは思い至った。  たった一日ルーチェにいただけで、もうなにもない日常が尊い素晴らしいと思うなど、酒場で踊り子相手に口説くことに飽き飽きしていた彼は、考えだにしたことがなかった。  カルミネはちらりとアンナリーザを見る。彼女は凜としな眼差しのまま、窓の外を見ることもなく、背筋を伸ばして座席に座っている。 「あのう……多分今くらいしかダラッとできないんで、今くらい姿勢を崩しても……」 「あら、私は聖女よ。これから国王に謁見に向かうのに、そんな余裕はあって?」 「いや、そうかもしれませんけど……こんな簡単に上手く行くんですかねえ?」  元々結界の外に出たのは、重宝を手に入れて魔力回復のためだったはずだ。ところが急に国王に会いに行くと言い出したもんだから、カルミネは「なに言ってんだあんた」以外に言えることがなかった。  そもそも、いくらこの場にいたのが王国騎士団や宮廷魔術師の中でも権限を持ってない連中だとしても、アンナリーザを連れ帰ったら最後、聖都ごとリビングデッドを滅ぼすみたいな作戦を立ててきてもおかしくはないだろうに。彼らは本気でそのことを考えたことすらなかったんだろうか。  ……カルミネだって、王都にいた頃は享楽的に生きていたのだから、たった一日でその場しのぎの思考が危ないと思う日が来るなんて、思いもしなかったが。  しかしそもそも聖女の権力を知っているとはいえど、それは彼女の替わりが見つかるまでのことだ。もしアンナリーザの次の聖女が見つかった場合は? もう用はないと言って殺されたり聖都が滅ぼされたりしないんだろうか。  カルミネは顔以外はペラペラで薄く、神殿に招き入れられたときですら、周りから「無害」と言われて入れられるのが許可されたようなものだが、彼は神殿の人間ほど信心深くない上に、王都でいくらでも詐欺まがいなひどい連中がいるのを知っているし、権力持っている相手にすらペテンを働く人間がいるということを知っている。  だからどうにも、馬車の中でも居心地が悪くなっていたのだが。  アンナリーザは凜とした眼差しのまま「ねえ」と口を開いたので、カルミネも思わず「はい」と答える。 「カルミネはあの人たちを信用してないようね?」 「ええっと?」 「馬車を動かしてくれている騎士団の人たちも、宮廷魔術師の人たちも」 「……ええっと、普通に考えたら胡散臭くありません? だって聖女連れ帰りたいのに、聖女から出てきたんですよ? そんなもん、もう聖女保護したら、あとは聖都は用済みでポイ、されません? うちの国王、そこまでいい人には思えませんもん」 「まあ、いい人でないのはたしかね。でもリビングデッドの発生をルーチェひとつにだけ任せたいっていう気持ちはわからなくもないわね。もし王都でリビングデッドが発生してご覧なさい。聖都のほうがまだ聖水はあったし、神殿も信者や住民を避難させられたけれど。王都では果たして王城に都民を避難させてくれたかしら?」 「それは……」  国王のことだから、王城は閉め切るだろうし、その間に王都がどうなっているのか。想像も付かなかった。むしろカタコンベの死体が軒並みリビングデッドになってしまったのに、よく神殿はもったし、魔力も聖水もないが、食料と水だけは大量にあった神殿のほうが、まだマシなほうに思えてくる。  多分王城を閉め切った上で、聖都に救援要請をし、神殿騎士と神官の連合部隊によるリビングデッド殲滅がはじまるんだろうが、そのときに果たして重宝を国が貸し出してくれるのかというと、してくれるんだろうか……という疑心暗鬼のほうが勝る。むしろ王城の結界に重宝を使いそうだからだ。  カルミネが言葉を詰まらせている中、アンナリーザは続けた。 「誰かを責めるのは、誰でもできるし簡単なのよ。だから建設的な話をしましょう。重宝を貸して欲しい。それだけで、少なくとも聖都の問題は解決するんだから」 「そりゃそうかもしんないですけど……ただ聖女様、いくらなんでもそれは、信頼し過ぎではないですか? そのう……」 「そうね、国王を信頼できるかどうかは、今までのことを考えたらわからないわ。ただね」  アンナリーザは凜とした眼差しを向けてきた。カルミネは彼女のことを考える。  綺麗だし、理想論ばっかり言うし、そもそも国王は彼女のそういうところを利用しているんじゃ……と思っているが。  それでも彼女の眼差しは変わらないのだ。  眉間の皺は取れないし、彼女の疲れは全然取れてないようだし、髪の毛もパサつく程度には睡眠が足りていないが、それでも。 「聖都の信者が待っているのよ。これが罠かもしれないなんて、百も承知だわ。でも私は踊らされているんじゃない。自分の意思で踊っているんだから。これでいい? 私の回答は」 「ええっと、まあ……」  世間知らずだ、綺麗事だ。そう言って嘲るのは簡単だろう。  だが彼女はきちんと役割を果たしている。果たしている上で、「まだ足りない」「もっと役割を果たしたい」と言っているのだ。それをどうして綺麗事と嘲笑できるのか。  やがて馬車は、今まで見えていた白亜の美しい街並みから一転、ごてごてとした街並みが見えてきた。  王都フォッラ。元々カルミネが暮らしていた、この国の首都だ。
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