8月29日

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8月29日

 今日はまた一段と涼しい。半袖だとちょっと寒さすら感じる程だ。まあ、まだ一〇時半前だから、気温はこれから上がるだろうけれど。  ホープは、ぼくより先に来ていた。昨日プレゼントした服(そして恐らくは下着も)を着ているのを見て、ぼくは嬉しくなった。  ぼくはホープを連れて、駅とは逆方向に進んだ。 「今日は何処へ?」 「着いてからのお楽しみ。ちょっと時間は掛かるけれど」  約一五分後、ぼくたちの前方に海が見えてきた。 「海だ! ……もしかして泳ぐ?」 「いや、この辺一帯は遊泳禁止なんだ。あ、やっぱり泳ぎたかった?」  ホープはかぶりを振り、ややあってから恥ずかしそうに言った。「カナヅチなんだ」 「ぼくもあんまり得意じゃないんだ。お互いそんな感じなら、歩くだけで充分だよね」 「ああ!」  ホープが真顔で力強く答えたので、ぼくは思わず笑った。  歩道から砂浜に下り、ゆっくり歩く。 「海の色、そんなに綺麗じゃないんだな」 「確かにこの辺はね。場所にもよるよ。沖縄って所とか。ここからは飛行機使わないと行けないけれど。ホープの故郷は?」 「綺麗だよ、凄く。透き通っていて、滅多に荒れない。色んな魚が取れる」 「行けるものなら一度行ってみたいな、ホープの故郷、世界に」  聞こえていたはずなのに、ホープは何故か答えなかった。  しばらく歩いていると、ホープのお腹が盛大に鳴った。 「そういえばホープ、こっち来てから食事はどうしてたの?」 「前の世界でお世話になった人たちから沢山貰って来たから、少しずつ分けて食べてるよ」 「ぼくもお腹空いたからさ、一緒にお昼にしよう。あの店で買って来るから」ぼくは道路を挟んだ向こう側にある、小さな店を指差した。「パン屋だよ。好き嫌いある?」 「ないよ。でもオレ、お金が。昨日は服だって貰ってしまったのに」胸元にワンポイントが入ったオレンジ色の半袖シャツを左手の指でつまみ、白い短パンを右手の指で差しながら、ホープは言った。 「そんなの気にしなくていいって!」ぼくは笑いかけた。「歩道に戻って、さっき通り過ぎたベンチで待っててよ」  約五分後、パンと紙パックのアップルジュースが入った紙袋を持ってホープの元に戻ると、並んでベンチに腰を下ろした。 「二つずつね。グラタンパンにちくわパン、メロンパン、チョココロネ」 「チョココロネ!」 「あ、好き? 食べていいよ」ぼくは紙袋からチョココロネの包みを取り出して手渡した。 「久し振りだ! いただきます!」  ホープは一口齧ると「美味しい!」と嬉しそうな声を上げ、その後はじっくり味わうように少しずつ食べた。  食事が終わると、ホープは空を見上げて言った。「何だかだんだん暑くなってきたな」 「これでも今年はかなり涼しいんだ。珍しいんだよ、こんなの。この国も他の多くの国も、毎年死者が出る程暑くなるから」 「死者が!?」ホープが驚きを露わにしてぼくに振り向いた。「本当か!」 「うん、本当。熱中症ってやつ」 「少なくとも、オレの国の夏はそこまで酷くはなかったぞ。南国だってそこまでじゃないはず。この世界で生きる人々は超人だ。ダイチもな」 「ぼくからすれば、異世界移動や瞬間移動が出来るホープも超人だよ」 「そうか? じゃあオレたちで超人コンビ結成だ」  ホープが無邪気に笑うと、ぼくもつられて笑った。  この日は、陽が落ちる前に空き地まで戻った。 「明日も会ってもいい?」  ぼくが尋ねると、ホープは心底嬉しそうに「勿論!」と返事をくれた。ぼくも嬉しくなった。 「時間は今日と同じくらいでいいかな」 「ああ。今日も有難う、ダイチ。パン美味しかった!」 「喜んで貰って何より。また明日!」  ホープが消えると、ぼくは踵を返した。  家に帰ると、姉さんがリビングで、一昨日買ってきたアイスクリームを食べていた。熱はすっかり引き、くしゃみと鼻水もだいぶ治まり、後は咳だけらしい。そのアイスクリーム、ぼくの分なんだけどな。  そうだ、明日はアイスクリームを食べよう。
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