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8月31日
約束通り、ぼくはホープを家に招待した。
「お菓子、好きなだけ食べてね」
「いただきます」
「あ、お昼食べてないよね。麺でも茹でようか」
「まだ大丈夫」
「そうそう、これ」ぼくは本屋の手提げ袋をホープに渡した。「中学時代に親戚に貰った服が入ってる。あんまり着ないうちにサイズ合わなくなっちゃって。良かったら着て」
「いいの?」
「うん。もし今着替えるなら、着ていた服は洗濯しようか」
「有難う! ……ダイチ、絶対いい旦那さんやお父さんになるよ」ホープは感心したように言った。
「え、何で」
「何でって、言動から滲み出てるし」
リビングでお喋りしながら菓子を食べ尽くすと、ジュースを持って二階のぼくの部屋へ移動した。ぼくはホープがシャツを着替える間に、テレビゲームを準備した。
「パズルゲームで勝負しよう。操作方法は教えるから」
「オレの世界にあったゲーム機に似てる! 多分わかるよ」
「でも、ぼくに勝てるかどうかは別だよ。小さい頃からかなりやり込んでいるからね」
ぼくがわざと意地悪そうに言うと、ホープは不適に笑った。
「さあ、どうかな?」
互いに勝ったり負けたりを繰り返して盛り上がっているうちに、あっという間に時が経ち、陽が傾き始めた。
ちょっと休憩しよう。ぼくがそう言おうとした時だった。
「ダイチ、オレはもうこの世界を出なきゃならない」ホープは唐突にそんな事を言い出した。
「どうして。もう少しゆっくりしていけば──」
「黙っていた事がある。オレはただの旅人じゃない。……逃亡者なんだ」
ホープの話によると、彼の祖国は、何十年も前から女の独裁者に支配されており、ホープは家族の反対を押し切って、レジスタンスに参加していた。
ところがある日、レジスタンスのアジトが政府軍に襲撃された。ホープは生まれ付き特殊な能力──瞬間移動と、あらゆる異世界間の移動が自由に出来る──を持ち合わせていたため、生まれ育った世界から逃げ出し、同じく異世界を移動出来る追跡者の手からも逃れるため、あちらこちらの世界を渡り歩いていたのだ。
「追跡者が少しずつ近付いているのがわかる。向こうだって同じはずだ。移動して撒く。キミやご家族、この街の人々を危険な目に遭わせられないし。本当に急でごめん」
「……そうか」
ショックが大きくて、気の利いた言葉や引き留める言葉を掛けられなかった。もっとも、ホープの様子からは確固たる意志が感じられたので、ぼくがどんなに反対したところで彼は去るだろう。
「それと、一つ嘘を吐いた。この街の人間が、何故かオレを認識出来ないって言ったよね。実際はオレが自分で目の中に入っている特殊なチップを使って、認識されないようにしていたんだ」
ホープは自分の両目を一つずつ指差した。言われてみれば確かに、コンタクトレンズのようなものが入っている。
「でも何故かキミはオレを認識した。装置は壊れていないのに。奇跡だったんだ」ホープは微笑んだ。
「……いつかまた会えるかな」ぼくは小さな声で言った。
「約束は出来ない。でも、会えると信じてる」
ホープは大きくはっきりした声で答えると、ゆっくり立ち上がり、手提げ袋を抱えるようにして持った。
「短い間だったけど、色々と有難う。沢山喋って、街中や海沿いを歩いて、学校を見て。ゲームして、美味しいものを食べて、服を貰って……。とっても助かった。とっても楽しかった」
「ぼくだって本当に楽しかったよ、ホープ」
ぼくも立ち上がると、ホープと左手で握手し、欧米人みたいに抱き合った。
「……さようなら、ダイチ」
ぼくはさようならを言えなかった。頑張って絞り出そうとした瞬間、ホープは消えてしまい、それきり二度と姿を現さなかったからだ。
もしかしたらホープは、聞きたくなかったのかもしれない。
ぼくだって口にしたくはなかったから、良かったんだ。
この日の夜、ぼくは睡魔に負けるギリギリまで、ずっとホープの無事を祈り続けた。
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