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「お兄ちゃん、無理してない?」
「してないよ。どうしたの急に」
「自分のこともあるのに昔から俺の面倒見て大変でしょ?」
伊月の本音を聞くの少しは怖い。それでも確かめずにはいられない。伊月はいつでも那月の前では自分のことは後回しだ。幼い頃はそんなことにも気づかずに甘えてばかりいた。当時の伊月と同じ年になるにつれてそれがどんなに大変なことなのか身に染みてわかった。
「まあ確かに大変じゃないって言ったら嘘になるけど、俺は世話焼くのが好きだし、結構楽しいもんだよ」
「本当に?」
不安がる那月に伊月は優しく微笑んだ。それはいつも那月を安心させようとする時の伊月の癖だ。
「俺、那月を初めて抱っこした時のこと覚えてるんだ」
「え?」
「那月が生まれてすぐだったよ。小さくて温かくて、赤ちゃんってこんなにかわいいんだってあの時初めて思った。あの時の気持ちが忘れられないんだ」
伊月が突然語り出した話はその情景が目に浮かぶようだった。もちろんその時のことを那月は覚えていない。それでも確かに伊月の中に思い出として残っているのだと思うと、嬉しいような切ないような不思議な気持ちになる。
「明日で十七歳か。早いな」
慈しむように目尻を下げて伊月が呟いた。那月は伊月の自分への想いを初めて聞いた気がして動揺してしまった。かつて自分が伊月に対して抱いていた恋心とは比べ物にならないほどの愛情。初めてその腕で那月を抱いた時から貫いてきたのだと思うと、いかに自分の過去の行動が伊月のことを考えていなかったのか思い知らされた。
恥ずかしさと情けなさが入り交じる一方で、伊月に愛されていたことを幸せにも思った。伊月が与えてくれたものはあまりにも大きくて、釣り合うような何かを返せるほどまだ大人にはなれていない。それでも何もできないような子供でもない。だからこそ伊月に伝えたいことがある。今まで見守ってくれたからこそ知ってほしいのだ。那月は心を決めると小さく息を吐いた。
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