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「お兄ちゃんに聞いてほしいことがあるんだ」
声が微かに震える。心臓の音が全身に響く。だけどなぜか、頭の中は静まり返っていた。
「理央くんのこと覚えてる? 俺が熱出した時、家に来てくれた」
「覚えてるよ。横山くん、でしょ」
「うん」
那月は深く息を吸うと伊月の目を真っ直ぐ見据えた。
「理央くんと付き合ってるんだ」
一瞬だけ時が止まったような沈黙が流れる。那月の言葉に伊月は数回瞬きをした。
「……付き合ってるって?」
伊月にそう聞かれ、那月はわかりやすい言葉を探し、数秒考え込んで思いついた言葉を口に出した。
「彼氏になった、ってこと」
そう言いながら伊月の表情を窺うと、伊月は目を伏せて黙ってしまった。驚いているのかもしれない。先程よりも長い沈黙に、那月は息を呑んで伊月の言葉を待ち続けた。しばらくして伊月は息を一つ吐くと小さな声で呟いた。
「そうなんだ」
伊月はそれだけしか言わなかった。
再び沈黙が続く。伊月の表情からは何も読み取れない。あまりの呆気なさに那月は一人取り残されたような気持ちで心臓の音を聞いた。
突然こんな話はしない方がよかったのか。伊月にとってはどうでもいいことだったのか。頭の中で巡る不安に那月は耐えられなかった。
「俺、ずっとお兄ちゃんが好きだったよ」
思わず口からこぼれたのは、あの日から言うことを許されなかった言葉だ。忘れようと蓋をして、伊月の前では何もなかったように振る舞った。それが那月の伊月に対する償いだった。
「でも、もう心配しないで」
そう言って那月は伊月に笑顔を見せた。伊月も笑ってくれればいい。あの時はまだ子供だったけど、もう困らせたりはしない。
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