10 盛夏

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 時計の針の音だけが響く中、理央は慎重に言葉を探した。しかし、結局口から出たのはありきたりなものだった。 「那月のこと、大切にします。伊月さんと約束します」  それは伊月ではなく、自分に言い聞かせるものだった。それでも下手に偉そうなことを言ったり同情するよりは良かったのかもしれない。しばらくの沈黙の後、伊月は肩の力を抜くように笑った。 「頼んだよ。その約束、破ったら許さないからね」  そう言って伊月はいつもの不敵な笑みを浮かべた。その顔を見て、やはり伊月はこうでなくてはと、普段は厄介にも思える伊月の余裕な笑みに理央は安心感を覚えた。 「理央くん」  ドアの音とともに、那月の声がした。振り向くと数日振りの那月がそこにいた。私服姿は初めて見る。いつも学校で制服か体操服だからか、Tシャツとジーンズ姿は新鮮だ。 「待たせてごめんね」 「いや、俺が早く来すぎたから」  那月は理央のすぐ隣に座ってきた。久しぶりに那月が隣にいて、それだけで心が落ち着く。 「お兄ちゃんと二人で話してたの?」 「あ、ああ」  伊月との会話を那月には知られたくなくて、理央は思わず言葉を濁した。伊月も同じだろうと目を向けると、なぜかこっちを見て笑っていた。 「横山くんいい子だね」  伊月がそんなことを那月に言うので理央は思わず下を向いた。褒められるのは居心地が悪い。那月は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑っていて、余計に居た堪れない。 「もう出る?」  誤魔化すように那月に聞くと、那月は時計を見て頷いた。二人揃って立ち上がると伊月はヒラヒラと手を振った。 「暑いから気を付けてね」  伊月に見送られながら、那月と出かけるなんて変な心地だ。それでも少しだけでも前に進めた気がして、理央は先程よりも気が晴れた思いで夏空の下に踏み出した。 「あっつ……」  気温は三十五度。今日も変わらず猛暑日だ。
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