10 盛夏

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  ◇  水族館は電車で数駅先の場所にあり、近くには海があることから夏は特に人気のスポットだ。駅のホームに降り立つと潮の香りが二人を迎えた。改札を抜けると水族館へ続く開けた道が目の前に広がる。遮るものが何もなく照り返しが暑くて仕方ないが、遠くに見える海が気持ちを昂らせる。ここに来るのは小学校の遠足以来で、当時は低学年だったのであまり覚えていないが、どこか懐かしい気分だ。 「そういえば、なんで水族館に来たかったんだ?」  理央は何気なく那月に聞いた。何か見たいものでもあるのか、夏らしい場所に行きたかったのか。そんなところだろうと思っていたが、那月の反応は予想外だった。 「デートといったら水族館かなって……」  目を合わせないのは照れているからなのか。そんな那月を見てようやく気がついた。こうやって那月と二人で出かけるのは初めてで、つまりこれは初デートだ。那月はそのつもりで誘ってくれたのだと思うと、高揚する気持ちとは裏腹に頭が回らなくなる。 「そっか……」  こんな時、気の利いたことが言えたらいいのにうまく言葉が出てこない。今まで二人きりの時間なんてたくさんあったのに、恋人としての時間は少ないように思えた。キスはするけれど、それ以外は友達と過ごすのと変わらない。恋人と友達の違いなんてそんなものかもしれないが、理央にとってはそれすらももどかしい。  那月は恥ずかしくなったのか、早足で先を歩き出した。こんな時、那月を振り向かせる言葉が思いつかず、理央は遅れてその背中を追いかけた。
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