70人が本棚に入れています
本棚に追加
1 家の外壁塗装
「んのやろう……何がつい出来心で、よ!」
バスを降りた栞は、陽に焼けたアスファルトを勢いよく歩きだした。
八月の真昼。
いらいらしながら歩く家路は、より熱い。
薄っぺらいサンダルの底からひりつく熱が伝わってくる。
大学入学と共にできた彼氏に、浮気された。一年と少し付き合ってもぴんと来ない男だったが、このオチは予想していなかった。
好きな人に裏切られて悲しいというより、プライドが傷ついて悔しい。
多分、お互い、その程度の関係だったのだ。
「早く帰ってシャワー……炭酸飲んで、アイス食べて、クーラーに浸って、そうだ! 前から欲しいと思ってた洋服ポチろう。今日は死ぬほど自分を甘やかそう」
ぐんぐん道を進む。
この辺りは住宅街だ。戸建ての一軒家が多い。
外壁塗装の工事業者がセールスに回ったらしく、鉄骨の足場に囲まれたり、工事用のメッシュシートで簀巻き状態になっている家が目立つ。
ようやく着いた自分の家も、足場とメッシュシートに囲まれていた。
「……これ、どうやって家ん中入るのよ」
養生シートというのだろうか。
玄関扉は半透明のビニールで覆われ、開けられそうになかった。
日に焼けた工事の担当者が「すいません」と寄って来る。養生シートを少し剥がしてもらって家に入る。
家の中はいつもより薄暗かった。
窓という窓に養生シートが貼られて、夏の光りが遮られている。
庭に面したリビングの窓に至っては雨戸が閉められていた。
「ねー、ママン、家の中暗くない?」
「窓ガラスを保護するために一応雨戸閉めなきゃだもん、仕方ないわ」
最初のコメントを投稿しよう!