五分の退屈と焦燥

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 後ろの席で鈴宮がふーっと大きく息を吐いた。がたいがいい彼が体を窮屈そうに動かしながら椅子の背もたれに寄りかかった気配がした。開始したとたん勢いよく聞こえ始めたシャーペンと紙のこすれる音はもうほとんどしない。みんな暇を持て余し、早く早くと時が過ぎるのを待っている。  秒針が一秒一秒を刻む。  テスト終了まで、まだあと五分もある。  長い、長い、退屈。  高校二年の二学期期末テスト二日目。教科は数学。俺の苦手科目だ。暖房が効きすぎている教室の中はむっとしていて、俺の頬にも熱がたまっているのがわかる。  前の席の大地は右手を動かしている。だけど字を書いている動きじゃない。少しさらさらと音がするから、たぶん問題用紙に落書きしてる。美術部に所属する彼はテストに余裕があるといつも絵を描いている。というか、成績優秀な大地はいつもテストの時間を余らせている。今は何を描いてるのかな。大地の絵に思いを巡らしていると、右の方からぎゅる、と情けない音がした。高橋だ。腹の音をごまかすように咳払いをしてるけど、そんなの無駄。あとでからかってやろう。  目だけを動かして今度は左の美穂子を盗み見る。こいつはまじめだから、ずっと解答用紙とにらめっこして間違いがないか確かめている。俺も彼女を見習ってもう一度自分の解答用紙に目を通す。一番上に「篠塚博」と書かれた解答用紙は、最後の問題が空白になってしまっている。毎回、数学のテストの最終問題は一番難しいものが用意されているけど、この問題は見当もつかない。適当に書いて当たるものでもないからあきらめて空欄にしている。こればかりはどうしようもない。  時計を見る。テスト終了までまだ三分もある。後ろから「カツン」という音がした。たぶん鈴宮がシャーペンを落としたんだ。監督の先生は気づいているのかいないのか、動こうとしない。鈴宮も拾ってもらおうとはしない。教室の空気はピリリと引き締まっている。聞こえるのはカラスの鳴き声と、北風がヒューッと通り過ぎる音だけ。外は寒いんだろうな、今日は風が強いな、と思うけど、火照っている頬には冷たい風を少し当てたい気もする。  あと二分。あ、先生があくびしてる。そりゃ眠いよな、あったかいし、することないし。  あと一分。「くしゅん」と美穂子が小さくくしゃみをした。思わず左を向きそうになった。危ない危ない。いくら暇だとはいえ、テスト中なんだからよそ見は禁物。続けて少し鼻をすする音がする。俺にとっては暑すぎる室温も、女子は寒いと感じているのかもしれない。冷え性ってやつか。女子は大変だな、スカート寒そうだし。短いスカートから伸びた長い足。美穂子、意外と足きれいじゃん。でも、寒いならスカート短くするなよ……って、俺はテスト中に何を考えてるんだ。  美穂子から視線を外して時計を見ると、テスト終了まであと十秒。やっとこの退屈から解放される。あと五秒、四、三、二、一……。 「はい、そこまで」  監督の先生の声に一瞬遅れて教室に騒がしさが訪れる。あー終わった、数学わけわかんねえ、問六、難しすぎない? 「高橋、ばれてるぞ」  俺は早速高橋をいじる。後ろの鈴宮は落としたシャーペンを拾いながら「咳払いとかわかりやすすぎ」と茶化す。 「なんの話だよ」  眼鏡の位置を直しながらむくれる高橋。 「高橋、腹減ってるならこれやるよ」  大地が後ろを向いて数学の問題用紙を押し付ける。そこにはモノクロの立派なハンバーガーが描かれている。 「食えねーよ」  わっ、と四人の男子が声を上げて笑う。 「篠塚くんたち、次の物理大丈夫なの」  ガサツな笑い声を遮る凛とした声の正体は美穂子だ。騒ぐ俺たちに視線をやるのも一瞬で、すぐに物理のノートに目を走らせている。 「やべ」  俺もすぐに物理の問題集を取り出して、最後の悪あがきを始める。  教室の時計に目をやる。  テスト開始まで、あと五分しかない。  焦る焦る。  問題集をめくる手に汗がにじむ。掌をズボンにこすりつけても汗は出てくるばかりだ。何にも頭に入ってこない。もっと勉強しておくんだった。頭をわーっとかきむしりたい気分だ。  先ほどのテストで持て余していた五分間を、どうか返してくれ。  無情にも先生が「教科書類は鞄にしまってー」と声を上げ、解答用紙を配り始めた。
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