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客が全て去ったブラック・インペリアルの奥で、イルゼはおもむろに洋モクを咥えた。
当然のように差し出されたライターの火。
「ありがとう。今日もお疲れ様。ロックス。」
「はいマダム」
恭しく頭を下げた。
「本日の営業利益ですが、トモエ様が妙に発奮されまして。1億ループほどになります」
「ジョナサンに見られて自棄になったのね。貴方の誕生日であれば、その10倍は行くわね」
「確かに、私の年に1度の重要な日ですが、何も対決の日にしなくても」
「どうせなら完膚なきまでに打ち勝たなきゃ。彼を経済レベルで打倒する必要があるのよ。ねえロックス。貴方だって覚えてるでしょう?ユリアス・ブレイバルを」
少し沈黙して、ロックスは応えた。
「ユリアスも、私の母も、全ては遠い追憶。私の中のたった一つの真実は、貴女が私の全てであるということです。私にとって重要なのは、大佐の、ナンバーワンの肩書きなど無用です。野良犬のような私を拾い、こんな人生を与えてくれた貴女に、何と報いようか。それだけです。一つだけ、よろしいでしょうか?マダム。貴女にとって、ジョナサン・エルネストとは?」
「小さな子供の頃、どうしても欲しかった可愛い人形よ。今は自由に買えるけどね。欲しかったのはあの時なのに。アカデミーの建国を境に、社会の有り様が変わった。ジョナサンは煮ても焼いても食えない男よ。彼を亡き者にしたい人間は多かった。けれど、誰一人として上手く行かなかった。最たるものは彼を殺そうとした。愚かなことよ。彼を殺そうとした者は、必ず逆襲されてきた。彼は絶対に殺せない。ならば、殺し殺されるという約款の外で動けばいいの。結局どうなったの?彼は完全に手詰まりになった。私達はもう蛮人じゃない。殺伐とした荒っぽい世界でしか輝けないのがジョナサン・エルネストよ。もう私は経済活動で彼を越えた。だから、だからこそ、彼を私のペットにしたいのよ。これは私が乗り越える最後の試練よ。終わってしまえばそれまで。貴方にも頭を撫でてさせてあげるわ。モンテネグロの頭を」
ロックスは静かに猖獗した。
確かに、世界は変わった。かつては男娼と呼ばれた我々は、今やより洗練されたホストと呼ばれる職業として認知されつつある。
薄暗さがつきまとっていたアースツーの花柳は、その薄暗さを払拭され、新たな概念の湧出があった。
水商売こそ世界の中心になる。私、いや俺は、水商売で商業区の頂点に立つ。
アカデミーの夜の王、夜帝になるのは俺だ。
俺は、お前に勝利する。ジョナサン・エルネスト。
そして必ず、彼女を、母を牢獄から助け出してみせる。
そもそも、母がミラージュ女王、当時は王女に捕らえられたのも、元を正せばユリアス・ブレイバルのアートワークが原因で。
更には、母が崇拝していたレディ・パピヨンを産み出したのもジョナサン・エルネストの存在があった。
ユリアス、レディ・パピヨン、それ等を合わせるとロックスが出来上がる。
彼は姓を持たない。生まれた時、彼を捨てた母は。そして、彼を拾ったのはーー。
つまり、ロックスの母は、邪悪なレディ・パピヨンの片羽、ロクサーヌと言った。
従業員通用口には、全ての兵達が大佐を待っていた。
捨てられたロックスから、大佐に戻ったチャーは、軍帽を被り直した。
「我等の、マダム・ミ・ニュイの為に」
「マダムの為に」
軽く応えて大佐は店の外に出た。
目映い東の空に払暁の明かりがあって、その向こうで、
おかしな大規模工事が起こっていた。
「ーーは?」
ボケええええええええええええええ!っていうジョナサンの叫び声が聞こえた気がした。
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