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プラチナブロンドと盗撮
銃を向けられたイルゼはベラベラ喋り出した。
確かに、殺意を向けた瞬間即殺しにかかるのはジョナサンだが、
女王は訳が解らない人物だった。理由もなく撃ちかねなかった。
「ロクサーヌはよく知っているわ。店の同僚だったもの。あの子、妙にカリスマ性があって、いつの間にか全員がミレディミレディ言うようになってたわ」
この馬鹿にはレディー・パピヨンの洗脳は通じなかったのね。
「気がついたらロクサーヌは捕まり、忘れていた頃に、男娼をさせられていたロックスを拾ったの。可愛い子だったし」
「素直な子だったのね?あんたがこんなに気に入るなんて珍しいもの。ダーリンを一時的に忘れちゃうほどだもの。今でもどうでもいいと思ってる?」
「それはーー?って、ああ!ジョナ様あああああああああ!私の永遠の!子の父親があああああああああ!何で?何で忘れたのかしら?!」
ふふん。と鼻で笑って女王は言った。
「そりゃあ価値観の書き換えって奴よ。時間があれば魔法も要らないわ。ナンバーワンホストのピロートークで、ユリアスの馬鹿に落とされたチョロいおばさんは簡単にお先棒を担ぐ羽目になった」
「あ、あんたがユリアス様の何を知ってんのよ?!」
「初めて謁見した時に真っ先に思ったのがマザコン、ネクロフィリア、インセスト。まだ聞きたい?ああ、アースワンに遊びに行った時に監禁されたわよ。死んで生き返ってたわよ。まあおっさんに手もなく殺されてたし。所詮は終わってしまった男よ。今を生きる私にすら勝てなかったわよあんな奴」
け、けえ。イルゼの喉が鳴った。
「ダーリンをボンクラ王扱いしたことだけは正しい。現にボンクラだもん。フランチェスカと私達のニャンニャンちゃんにしか興味がないし」
「ふ、フラ公の話はすなあああああああああああああ!フラ公おおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!憎い!フラ公が!」
解らない話じゃなかった。
「けれども!売り上げ対決はうちが勝つに決まってるわ!うおおおおおう?!VIPルームがスカスカにいいいいいいいい!嘘でしょおおおおお?!もうお帰りですかバッグモッチー夫人!ダラーボックスのお嬢様?!」
金持ちそうな女達が揃ってミラージュに会釈して帰っていった。
「まだ来たばかりでしょおおおおおおおおおおお?!シャーブドアイス夫人!」
多分高利貸だった。
「え、ええ。そうなんだけど。まあ女王陛下!ご機嫌麗しゅう!ミラルカ様におかれましては宅の盆栽を綺麗に薙ぎ倒していただきましたのよ!うちの庭のレインボー・クリスタル・カープを大きなメガホンで釣り上げて!投げ捨てたメガホンが盆栽棚の足をへし折った所為で、盆栽は全滅しましたのよ!」
それは泥棒釣りと呼ばれる技法だった。水面を割る鯉は、実に静かに盗み出されるのだった。 面白半分に。
「後で請求書送っといて。棚はちゃんとしたのに作り替えときなさい」
簡単に言ってミラージュは被害者夫人を見送った。
「お待ちになってえええええええ!せめて!シャンパンタワーくらいはしていかれてはいかがですの?!うちの子達は夫人のコールを待っておりましてよ!」
「せっかくだけど、もうこの店には行かないわ。ツーチューブをご覧になった?」
「は?」
「資本主義のルールに乗っ取った攻撃?ふん。リスクマネジメントとマネジメント・フィロソフィーが出来てない店なんか軽いって」
ミラージュが見せた携帯を、イルゼは覗き込んだ。
それは、ジョナサンが追い出された直後の店内の映像だった。
ではアイリス嬢、売掛金。幾らになるとお思いですか?
中佐の眼鏡が光っていた。
「ちょうど我等がブラック・インペリアルも次のステージに立つ時が来たってことです。ここでスッキリさせたい。大佐は元より俺に対する売掛金、800万ループ。払っていただきたい」
言われた娘は、顔色を失っていた。
「そんな、急に言われても。だって、元々ジョエルの店に遊びに来たのがきっかけで。800万なんて、とても」
「払えるでしょうよ。お前、商業区のカマボコ屋の娘でしょう?土地建物の権利書があれば簡単ですよ」
娘は、目に涙を浮かべていた。
「そんな、酷い。結婚してくれるって言ったじゃない!だから、私、ホテルで貴方に!」
「中佐殿がてめえみてえな田舎もん相手にする訳ねえだろうが!うちの店の一部屋はよー、撮影スタジオになってんだ。払えないならそこで撮影会な。参加者いますかー?」
「ここにいまーす!ウェーイ!」
「アイリスの、ちょっといい場所ご開帳!」
「我が隊の特攻精神は火の玉になってアイリス嬢のあの部分に突撃するものであります!」
最低の男達が囃し立てていた。
「弾倉空っぽになるまで出してやるからよ!来い!」
「嫌あああああああああ!」
場面は代わり、ジョエルの店にアイリスはいた。
「そうか。よく逃げてこれたなあ。よかったよアイちゃんが無事で」
「でも、でも私。お店盗られちゃう。父ちゃんと母ちゃんが何て言えば」
うーん。ジョエルは腕を組み、麦茶を注いだ。酒でなく温かい麦茶なのがポイントだった。
「俺達も、勇者ジョナサンが出来るまで色々あったんだ。インペリアルの古株の中にも、俺達を知ってる奴もいる。俺ね、ラスティーノ子爵の店でボーイやってたんだ。男娼はやらなかったよ。中佐だっけ?あいつなんか、俺の後輩だったよ。でもあいつ、ある日、おネエのランページ男爵に無理矢理されて泣いてたよ。イルゼの姐さんが店のナンバーワンになった陰で、俺達の悲しい過去や辛い過去があったよ。あったんだ。例えば、新しく入って来た娼婦に恋したボーイの話とかね。死んじゃったんだ。そいつ等。それで店をジョドージョンナムと逃げ出して、その後何とか小さい店を建てた頃、子爵は殺されたんだ。はい!おしまい!辛い話はここまで!ジョドー!アイちゃんの好物どんどん持ってこい!ジョンナム!コール行け!」
「頑張れー頑張れー頑張れーアイリスー!借金程度で泣くんじゃないー」
「お前は引きこもってたろう!なあ!アイちゃん!カマボコ屋には俺達散々お世話になってたんだ!借金なんか!俺に、勇者ジョナサンのジョエルに任せろ!あの馬鹿眼鏡に呼び出しだ!店が終わった後!待っててくれるなアイちゃん!」
アイリスは、落涙しながら何度も頷いた。
アイリスにとって、ジョエルは確かに勇者だった。
また場面が変わった。港をバックに、アイリスを伴ったジョエルの姿があった。
「久しぶりだなー。何か、ビッグになったなジョーダン」
「今は中佐だ。お前のようなゴミ店舗に関わっている暇などない。用件を言えジェイデン」
「今はジョエルなんだってば。俺が実はジェイデンです。ってなったら、夢を壊された子供が驚くだろう」
お前は何を言っているんだ。
何かと勘違いしてないか?
「何だろうな。お互い年食ったよな?同じ店で働いてたお前が、今や凄い金持ちになった。ただな、俺は言ったぞ。男と生まれて来たからには、お袋だけは泣かせちゃ駄目だと。お前が先頭きって泣かせてどうする」
「知ったことか!今の社会に王はいない!勇者も消えた!昔は俺達弱者は隅っこで芋を植えながら、勇者と魔王の戦いを傍観していればよかった!蓋を開けたら勇者と魔王は仲良くしていた!全ての価値観が消えた今、残ったのがループだ!今1ループは100円で取り引きされている!1億ループが100億になる世界が来た!今は金だ!金が全てだ!弱者を強くするたった一つの力が金だ!カマボコ屋の娘がどうなろうと知ったことか!」
「そりゃあ幻想だ。女王様はとっくに手を打っていた。ループは各大陸の造幣局、俺達は両替センターって呼んでるが、そこで円やドルに換金して異世界旅行する。テミちゃんと新婚旅行でテキサスに行ったんだ。通貨は保護されてるんだ。1億ループなんか、アースワンに持っていける訳がない。無理に持っていこうとすると捕まっちまうんだ。既に、マネーロンダリングしようとして捕まり、没収されて国庫に入ったループは30兆を越えるらしい。そういう意味で言うと、俺達アースツーの人間は、まだ未開なんだ。それでも、アイちゃんを食い物にするっていうなら、勇者ジョナサンのオーナーとして言う。彼女の売掛金は俺が買い取る!」
ジョエルはそう言い放った。
「テミちゃん!」
「お持たせしました。800万ループです」
大きなアタッシュケースを持ったジョエルの嫁は、中佐以下ブラック・インペリアルのホスト達を一瞥し、ケースを置いた後で、背中の大剣で露骨な素振りを始めた。
荒事対策が出来ていた。ジョエルの気づかないまま。
アルテミシア・ガイネウスに勝てる人類はほとんどいない。
「アイちゃん。これで、俺の店に君は借金を背負う羽目になった。それはいいね?」
「え?あの」
アイちゃんが戸惑うのは解る。ジョエルは微笑んで言った。
「うん。これでアイちゃんは俺のアイちゃんだ。時間がかかってもいい。少しずつ返していって。俺はね、お袋に、勇者ジョナサンに誓ったんだ。女を泣かすような真似だけはしないと。俺を勇者と呼んでくれる?美しいアイリス」
滂沱の涙を流して、アイリスはジョエルに抱きついた。
「ありがとーー勇者様」
国を建てなくても、星を救わなくてもいい。魔王と戦わなくても、ジョエルは確かに、勇者だった。
捨て台詞も残さず中佐は消えた。
「貴方、大変ですよこれから。女王陛下に対する借款は5000万を越えています」
「うええ?で、でも大丈夫!俺は今、商業区でも1番の老舗のカマボコ屋を味方に付けたんだ!これからもよろしくお願いします!テミちゃん!」
アルテミシアは息を吐いた。
アイリスの生家は確かに下町のカマボコ屋だが、水面下ではこういう話があった。
カマボコの美味さはまさに国宝。しかも、新婚旅行から帰ったジョエルはチクワを食いながらこう言ったのだった。
「いつも美味しいチクワありがとうございます!これ食わなきゃアカデミーに帰った気がしない!ああ、ねえ親父さん、このチクワ、ちょっとしたアイデアがあるんだけど。チクワの中にチーズを入れるのはあり?」
この言葉に店主ははたと手を打った。
ちょうど東の大陸には年間数千トンの牛乳が生産される。
ネオジャージー牛乳と女王がわざわざ名付けただけはあった。乳製品は東の大陸に勝る者はない。
東の大陸のチーズとこのチクワが合わさった時の収益が幾らになるか。
最終的にジョエル印のカマボコ屋さんのチーズチクワはアースツーのキラーコンテンツとなり、最終的に店の営業利益は天井知らず。ジョエル以外に店を売るつもりはないと社長は言ったが、概算で売却額は900億ループに達することになる。
天然勇者ジョエルの誕生と呼ばれる盗撮映像になった。
「ん。既に再生回数800万回。今頃動き出してるでしょうよ。殺すの殺されるのと殺伐とした世界は今や昔。素直にカマボコ屋の跡取りになってればよかったのに。ジョエルをボンクラと思ってたのは時代の所為よ。あの甘い世間知らずにアルテミシアが捕まった時に気づけばよかった。戦乱の勇者がダーリンなら、平世の勇者はジョエルだったって訳よ。ああそうだ。前に監禁罪と強姦罪を重罪にしてあったのよ。既に被害者は確認した。出来れば私が手ずからホーラーワームぶちこんでやりたいけど。地獄を見ろヤリチン共。全員逮捕よ。ああ中佐?あんたは強姦示唆罪に、マネーロンダリングで逮捕よ」
セントラルの武装警察達が、大佐以外のホストのほとんどを逮捕していった。
「ジョーダン!このロクデナシ!さっさと消えなさい!」
「放せ!自分で歩ける!マダム、よろしいので?俺が逮捕されて困るのは誰か!大佐!大佐殿!」
「店が残ったって、従業員がいなきゃあね。まあいいわ。あんたはあんたの敗北を噛み締めなさい」
「きいいいいいいいいいいい!この銀髪のガキがあああああああああああああ!調子こいてんじゃあねえわよおおおおおおお!どけえええええええええ!ジョナ公おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
イルゼは恐ろしい速さで店を抜け出し、隣のビルを見た。
そこで、イルゼは完全に敗北していた。
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