美羽の羽衣

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「六年も待って、ようやく断ち切った夢だもん。叶いそうになったら、誰だって今の道を行っていいのかどうか不安になるわよ」  この小さな街で、女性が自分の足だけで生きていくには、限られた道しかないし、たいていの女性は男性の人生に寄り添うことになる。   十九歳の自分たちは、まだほんの少しだけ夢をみていたいのだ。  衣望里は美羽の気持ちが痛いほど良く分かり、同情しながら尋ねた。 「それで、途中でやめてって言ったのね」 「言ってないけど、痛くて、無理って‥‥‥ムグッ」  咄嗟に美羽の口をふさいだ衣望里の頬は真っ赤だ。美羽の目が笑っている。 「もう、言わなくていいから。つまり、斎藤さんは、美羽にまだ覚悟ができていないから突っぱねたと思ったんだ」 「そういうこと。説明しようとしても、今は聞きたくないと言われたの。家に帰ったら帰ったで、衣が消えていてパニックになって探したから、母にも処女喪失と誤解されたし、泣きっ面に蜂って感じだった。時間が経ってから衣が色を取り戻した時には、嬉しくて泣いちゃった。別に処女にこだわるわけじゃないけれど、衣は私の一部だから、失って辛かったの」  美羽は母の誤解をそのままにして、衣を守哉に預けたという。 「へその緒を箱から取り出して、箱のふたを開けておけば、衣は消えるから、守哉の好きなようにしていいと話したのだけど、残念ながら男性には衣は見えないのよね。今もこの通り存在しているわ」 「大事にされているのね。美羽。なんか、斎藤さんの気持ちが伝わるようで泣けてきちゃった。斎藤さんは美羽が後悔しないように、美羽の気持ちが本当に固まるまで待っているんだと思う。絶対に美羽のことを愛しているよ。今度はうまくいくといいね」  うん、と頷いた美羽の目も潤んでいる。二人の邪魔をしないよう、衣望里は守哉が偵察から戻る前に、スーパーを後にして旅館に隣接する自宅へと帰ることにした。
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