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聞き捨てならない言葉に、衣望里は座面を叩くのをピタリと止めて、ソファーからムクりと身を起こした。
「冗談なのよね?まだ続きをするの?」
「まぁ、日本くんだりまで支配者が来ることはないでしょうから、冗談にしときなさい。さて、続きを読もうかしら。逃げた婚約者を侯爵が追ってくる場面からだったわね」
よいしょっと言いながら座りなおし、手に取った本を開いた祖母は、すっかり読書の世界に入ってしまったようだ。衣望里が声をかけても返事もしない。
不安を抱えたままで、どうにも落ち着けない衣望里は、仕方なく美羽に連絡を取ることにした。
一時間後なら空いているという美羽に合わせ、衣望里は、ニ十分ほど鎌ヶ崎に向かって歩き、「羽衣の松」までやってきた。
目の前に青い空と海が広がり、海風に乗って白波がザザザッと軽快な音をたてながら砂浜に打ち寄せる。この羽衣海岸は、全長七kmもあり、弧を描きながら続く砂浜は、まるで富士の裾まで続いているように見える。
湾曲する海岸に沿って植えられた三万本の松の並木が、近代的な建物などを視覚から遮っているため、青い富士と白波の打ち寄せる海は絶景で、日本新三景、日本三大松原にも入り、国の名勝にも指定されていた。
衣望里が十九年間毎日見ても、見飽きることがないほど美しい景色だ。
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