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祖母は旅館の経営から退いたとはいえ、問題が起きると両親から真っ先に相談をされるほど、七十三歳になった今もかくしゃくとしている。
その祖母から衣望里は名前を分けてもらった。衣望里が生まれた時、日本人らしからぬ薄茶色の髪と目を見て、家族はとても驚いたそうだ。
祖母は羽衣伝説に因んだ自分の|衣里》えりという名前から漢字を分け与えて衣望里と名付け、この羽衣の里で幸せに暮らせるようにと願ったという。
名づけ親であるばかりか、旅館を経営する忙しい両親に代わって、衣望里に愛情をかけて育ててくれた祖母は、衣望里にとっては母親同然の大切な存在だ。
大学生になっても衣望里はおばあちゃん離れしないと、旅館で若女将を務める五歳年上の姉の羽音からも、からかわれるほど仲がいい。
何でも話し合ってきた祖母がいきなり秘密の話があり、しかも他人に漏らしてはいけないというのなら、かなり深刻な話であろう。
衣望里は覚悟を決め、L字型に置かれたソファーの三人掛けに座る祖母と、斜めに向かい合うようにして、二人掛けの方に腰かけた。
祖母はなかなか話を切り出さず、少し俯き加減の顔から見える唇が開いては閉じる様子から、何から話そうか迷っているようだ。
衣望里はじっと待ちながら、一体支配者と羽衣はどう関係するのだろうと考えた。
まさかと思うが、祖母が貴重な織物を盗んで、持ち主が取り戻しにくるとでもいうのだろうか?
でも、捕らえられるのが私って、どういうことだろう?
様々な疑問と不安が湧いてきて、これ以上は沈黙に耐えられなくなったとき、祖母がようやく重い口を開いた。
「あのね、今も語り継がれている神話の中には、国や人にモデルがあったりするの。神話の一部分は本物であって、現在も生きていることを人々は知らなないのよ。その一つが、羽衣伝説なの」
「羽衣伝説が本物? まさか、あり得ないわ」
「普通はそう思うわね。羽衣伝説はアジア地区だけでなく、世界各地に存在することを話したことがあるわね? あれは翼の乙女が世界中にいた証拠でもあるのよ」
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