第一章 生贄と悪魔

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「黙れ!」  はっと口を押さえた時には既に遅かった。怒鳴り声にびくりと身を震わせたレニャが、うつろな目をしてそこに立っていた。  頭上から天井のような暗闇が下りてきて、世界が飲み込まれるような感覚に襲われた。  両親が死んだときのことを思い出す。四年前、知らせを受けて中央都市から駆け付けた俺が見たものは、懐かしい我が家に転がった、とても人間の仕業とは思えないような傷を負った両親の無残な遺体だった。  身体の前面には一本筋の大きな爪痕があり、頭や肩や太ももには大型の獣に噛み千切られたような咬傷があった。目は目前の敵を見つめるように見開かれ死相は恐怖に慄き、今までに見たことのない両親の顔をしていた。  家の中を荒らされたり何かを盗られたりしたような形跡がないことから、周辺の森に住む野生の熊や狼の被害が疑われた。しかし、遺体に残された独特の爪痕や歯形が一致することはついぞ無かった。  そして、犯人の見つからない多くの事件がそう結論付けられるように、この一件もそう処理された。  悪魔の仕業、と。  父と母はとても信仰心の篤い信者だった。  働けども働けども貧乏で仕事や金銭に恵まれず、贅沢どころか当たり前の水準の生活ができなくても、決して恨み言を言うことは無かった。神様は絶対の存在で、私たちはそれに守られ、生かされているだけでありがたい。そんな両親の背中を見て育ち、当然のように聖職の道に就いた。神の存在と加護を心の底から信じている。  だから、あの日から心の奥に浮かんでいる一つの疑問に、必死に気付かないふりをして、蓋をして、今日まで生きてきた。  なぜ、あなたは私の両親を見捨てたのですか?
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