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「馬鹿者!」
え、と思った時には目の前にいたはずの獣の姿が消えていた。
正確には視界の外へ高く跳躍していた。あの巨体でどうしてと思うが、獣は聖堂の天井すれすれに軽々しく椅子を飛び越えると何もできず見上げている俺の頭上へと落ちてきた。
ナイフを抜く間もなかった。
「がっ……!」
何本かの脚の蹄で強く胸を蹴られ、俺は衝撃で身体ごと吹き飛ばされた。
祭壇側へ蹴り飛ばされたことで下敷きは免れたが、肋骨と鳩尾の激しい痛みで立ち上がることはおろか呼吸すらまともにできない。
目の前の獣はひどく興奮しているようで六本の脚でズシンズシンと地面を踏み鳴らしている。黒い毛の塊の中で血のように赤黒い目が光っている。
ああ、俺は。
ここで死ぬのか。
視界が霞み、その端に昼間磨いた祭壇が映った。
今ならば、わかるかもしれない。
力を振り絞り、祭壇に手を伸ばした。
きっとそうだ。
もし神が本当にいるのならば――
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