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2020年 夏のお話<セミ>
セミはネジ巻き人形のように鳴いた。
カッカッ、とネジを巻くような音をさせたかと思ったら急にミンミン鳴きだす。それからネジが切れるまで、鳴き続ける。段々とミンミンの音が遅くなり、最後の方は巻かれたネジの音だけカッ、カッ、と鳴らしたら、暫く鳴かなくなった。
今は、ただ網戸にくっつくだけの黒茶色の塊になった。
セミの命は一週間と言うのは、有名な話だ。土の中に幼虫として何年も眠って、土から這い出して飛べる様になったと思ったら、一週間だけですぐに死んでしまうんだ。
幼い頃に聞いた時は同情を覚えて、求愛のために目覚まし時計の様になる彼らを煩わしいと思ったことを恥じた記憶がある。年齢的に「大人」と言われる様になった今では、「だから、あんなにも煩く鳴くのだ」と思うだけだ。
最近の小学生の自由研究で、セミの寿命が一週間ではないと分かったりしたらしいが、詳しいことは学者じゃないから知らない。
とにかく、セミが地上にいれるのは夏の短い間だけで、生きるために頑張って繁殖行動をしていると言うことだけは知っている。
だから、鳴かなくなったセミを「死にかけて、もう鳴かないのか」と、風に揺れるカーテン越しにじっと観察してみた。CMを一本見終わるくらいに、またカッカッとネジを回し始めて女を誘惑し始めた。
セミは、少しの休憩タイムを挟んだだけだった様である。ほっとしながら耳障りな音を鳴らしながら生きているセミの音を、静かに聞いていた。
そんな音を間近で二回も聴いたら、なんだか気になって自然と網戸へと近付いていた。
けれども、二回鳴き終えたセミは「ここには女がいない」と判断でもしたのか、網戸から何処かへ飛び立った。
「あぁ、逃げられてしまったわ」
もう少し辛抱していれば、女が釣れたのに。可哀想なセミだ。
彼は、求愛できずに夏が終わるのだろうか。そうであって欲しいと不謹慎ながらも、私は飛び去って見えなくなったセミに想いを馳せた。
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