さよなら、オンライン

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 大手ゲームメーカーがシリーズ最新作のオンラインタイトルを発表し、俺たちは寝る間も惜しむようにハマり倒している。今回のアップデートでの目玉はこの「絆クエスト」でクリアすると最強のアクセサリーが手に入るらしく、多くのプレイヤーが挑んでいるものの、実際に手に入れたという報告はあまりにも少ない。かなり高い難易度で、俺たちもなんとかして手に入れようと、クエストを受注したけれど、すでに三時間が経過している。  しかし、このクエストもボス戦を残すのみだ。  敵が襲ってこない場所で、HP、MPを回復し、ステータスを一時上昇させるアイテムを使えるだけ使う。キャラクターがキラキラとしたオーラを纏っていき、俺たちの気合を表しているかのようだ。  ここまでのダンジョンが長く険しく、ここまでくるのにも二回失敗し、今回が三回目。思い返すと感慨深い。 「ハル、いよいよだな」  一通りの準備が終わり、ゲームのキャラクターと同じセリフをボイスチャットで呟く。  ハルこと中村春子は小学校の時に知り合い、それから二十年間、一緒にゲームをプレイしている。今回のクエストは二人一組でないとクリアできないクエストであり、迷わずハルをパートナーとして選んだ。 「あっ、ボス戦の前にちょっとトイレ行ってくる」 「はよ」  ハルは緊張しいだから、ボス戦前には必ずトイレに行く。その間に、あらかじめネットで集めた攻略情報をプリントした紙を見返しておく。  ボスの弱点は「聖」。ペアで使用する連携技を使って討伐する。この連携技は発動すると大ダメージを与えられるのだが、タイミングがかなりシビアに作られている。二人同時にコマンドを入力しなければならず、少しでもずれると発動しない。オンラインのラグも考慮しなければならず、さすがの俺たちでも練習では三回に一回の成功率だった。 「ナツさん、ボスまでたどり着いた?」  ピロンという音とともにスマホにメッセージが飛んで来た。アキからだ。  アキは五年前からネットゲームで繋がった友達で、顔は見た事がない。  ハル、ナツ(俺)、アキ、フユ(アキの友人)の四人で「チーム春夏秋冬」を組んでいて、参加するゲームは常にトップランクに君臨している。専業プロゲーマーではない兼業ゲーマーでは有名な存在だ。 「やっと、ボスの前室までたどり着いた。ボスの前にいつものハルのトイレ待ち」 「www」 「シュートは、このクエストやらないの?」 「シュンカがクリアしたらな。コツを教わってからにしたいし」  四人でチームを組んではいるが、普段は二人ペアでプレイすることも多い。俺とハル、つまりハルとナツで春夏にかけて「シュンカ」アキとフユで秋冬にかけて「シュート」と呼びあっている。  シュートは効率主義だ。チャレンジと失敗を繰り返すより、徹底的に研究して一発でクリアしたいタイプだ。  クリア後に他人にコツを教えるのは割に合わないという人もいて、攻略情報を開示しない事も少なくない。  でも、シュートは俺たちが苦労している間に別のクエストを進めて、レアアイテムを手に入れてくれたり、スキル上げの手伝いをしてくれるから、俺たちとしてはトントンだと思っている。 「おまたせ」  ヘッドホンからハルの声がして、キャラクターが動いた。ハルがトイレから戻って来たようだ。 「シュンカ、ボス戦頑張ってね!」  アキからのメッセージに俺たちは「おう!」「まかせて!」と返事をした。 「よし」と気合を入れてコントローラーを強く握る。 「ナツ、ボス戦の前に聞きたい事があるんだけど」 「なんだよ、手短にしてくれよ」  せっかく気合をいれたのだから、早くボスに挑みたい。 「二十年前の夏休みにした約束を覚えてる?」 「あぁ、覚えてるよ」  なんでそんな話をするのかと思ったけど、カレンダーをみたら今日はちょうどその二十年後だ。 「もし、ボスを倒したら、その時は……」 「やめろ、それ以上言うな。ボス戦に集中できなくなる」 「ごめん」  わかってる。俺だってわかってるんだ。  三十歳になっても家で一人でゲームやってるなんて、一般的に見たらおかしいに決まっている。でも、俺はこの時間が大好きなんだ。  コントローラーを握り直し、もう一度気合を入れ直す。 「行けるか?」 「うん」  キャラクターに「えいえいおー!」と右手をあげるアクションをさせて、ボスの待つ部屋へ進んだ。  大きなドアを開くとムービーに切り替わり、巨大な竜のボスが目の前に現れた。  心拍数が急に上がり、コントローラーを握る手にも汗が滲んでくる。 「いくぞ!」  ムービーが終わり、作戦通り速攻で最初の連携技のコマンドを打ち込む。俺とハルの操作するキャラクターの右腕が上がり、光の玉が徐々に大きくなる。 「行け!」  一発目の連携技は……。 「成功!!!」  よっしゃ。  心の中でガッツボーズを決める。  ムービー直後は隙ができるという攻略情報通りだ。  一発目は冷静に決めて、二発目の隙を探る。ボスの攻撃は振りが大きい割に隙が少ない。攻撃を避けるだけで精一杯だ。わずかな隙を狙って、連携技を発動しようとしたものの、二回目、三回目ともに失敗し、攻撃を喰らってしまった。  ボスの攻撃直後に通常攻撃を仕掛けてはボスのHPを削っていく。しかし、HPは高くこのままではラチがあかない。長期戦になるとMPやアイテムは尽きるため必至。やはり、あと一発は連携技を決めなければ倒せない。 「なぁ、あの約束の話だけど、ハルは今もあの時と同じ気持ちなのか?」 「うん」  二十年前の約束というのは「三十歳になってもお互い独身だったら結婚しよう」というものだ。十歳の俺はゲームをしながら大きく頷いた。  あれから時は経ち社会人になった。  仕事はそれなりにやっているけど、ゲームの方が好きで定時に帰宅してはゲームのスイッチを入れて寝るまでゲームの世界に浸っている。  だから、恋人なんてできなかった。結婚なんて想像もできやしない。 「ハルはゲームしか取り柄のない、こんな俺でも良いのか?」 「取り柄はゲームだけだけど、良いところはいっぱい知ってる」  俺の良いところってなんだ?  ゲームの中での料理スキルは高いが、実際に作るのはカップ麺程度だ。  ゲームの中ではおしゃれだけど、実際に着ているのはユニクロだ。  ゲームの中ではイケメンだけど、実際にはニキビ面のブサメンだ。  ほら、良いところなんてゲームの中だけにしかない。 「危ない!」  ボスの口から放たれた火の玉はまっすぐにハルに向かっていく。  俺は急いで「かばう」のコマンドを入力した。 「大丈夫か?」  HPゲージを見ると、俺のキャラクターのほうが減っている。つまり、コマンドが間に合ったということだ。 「ぼーっとするな! やられるぞ」  ハルの操作する魔法使いはとにかく脆い。火の玉を一発くらったら即死は免れない。今回は俺がかばったからハルは助かった。防御力にステータスを全振りしている戦士の俺は一発くらってもなんとか即死は免れることができたが、HPは残りわずかだ。 「ごめん。いま回復する」  俺のキャラクターが虹色に光り、HPが全回復した。 「気をつけろ。また、火の玉が飛んでくるぞ」 「うん」  やはり、おしゃべりをしている余裕なんてなかった。集中しなければ倒せない。  ボスの周りを走りながら、攻撃の隙を伺う。何発か攻撃を当てると、また火の玉を吐き出した。 「火の玉直後は隙がありそうだな。そこを狙って連携技を出そう」 「うん」  ハルとはゲームがきっかけで仲良くなれた。  十歳の時の夏休みに塾をサボって公園のベンチで一人でニンテンドーDSをやっていた。そこにハルが現れた。ハルも同じゲームをやっていて何度も対戦をした。  俺みたいなブサイクが女の子と一緒にいるというのがクラスで噂になると嫌だったので、オンライン環境が整うようになってからは、お互いの家からWiFiを通じてゲームで会っていた。それが二十年続いている。  もう、こんなことやめよう。  このクエストが終わったら、こんな生活から卒業しないとな。 「ハル、さっきみたいに俺がかばう。そのあと、連携技を決めるぞ」 「わかった。でも、失敗したら……」  連携技が決まらなければ、回復する間がなく、今のHPだと俺がやられてしまう。だけど……。 「失敗はしない。なぜなら、二十年間一緒にゲームをやってきたからだ!」  ボスは先ほどと同じように火の玉を吐き出す。それを俺が受ける。そして、回復はせずに連携技のコマンドを入力する。 「いくぞ!」 「うん!」  俺たちの右手に光の玉ができ、徐々に大きくなる。  ボスの口にある火の玉も徐々に大きくなる。  どちらが早いか。俺たちか、それともボスか。 「終わったな」 「うん」  握っていたコントローラーを離し、手のひらの汗をズボンで拭った。 「疲れた」 「もうへとへとだよ」  ボスを討伐するのも三十分かかり、疲労困憊の俺は、しばらく放心状態で画面を眺めていた。 「ハル、俺、決めた」 「なぁに?」 「もうこんなことやめる」  ボス戦の戦利品である「絆リング」を手に入れ、オートセーブされたことを確認してから、ゲーム機のスイッチを切った。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「ナツはログアウトしました」  このメッセージを見つめたまま私は身動きが取れなかった。  ナツがオンラインから突然ログアウトしたという現状を理解すると、涙がボロボロと流れ落ちはじめた。  ナツと二十年間オンラインゲームをやってきた生活が突然終わりを告げてしまった。  私が二十年前の約束の話をしたからだ。  だいたい私みたいなブスと結婚なんてしたい人がいるわけない。ナツだってそうだ。  私があんなこと言わなければ、ナツとゲームを続けることができたのに。 「はぁ、もう生きている価値がない」  コントローラーから手を離しベッドに体を預け、天井を見上げる。天井にはプレイしてきたゲームのポスターが隙間なく貼られていて、それは同時にナツとの思い出を呼び起こさせる。 「ゲーム楽しかったなぁ」  しばらくゲームをするのはやめよう。ナツを思い出してしまうから。 「もう疲れた」  部屋の電気を消して、目をつぶっているとゆっくりと眠気がやってきて、今にも眠りに落ちそうという時に「ピンポーン」と呼び鈴がなった。  宅配便にしても少し遅くないだろうか。何かの間違えだろうと思って無視していると、再度「ピンポーン」と鳴った。  仕方なく私は眠くて重い体を起こすと、玄関に向かった。  こんな夜中に誰だろうと思いながら、覗き穴を覗くとそこにはナツが立っていた。  ナツは私の家は知っているけれど、どうして来たのだろう。  ドアを開けて、ナツを部屋に入れる。 「どうしたの?」 「俺、もうこんな生活やめようと思ったんだ。だから、ここに来た」 「どういうこと?」  私の頭の中は混乱していた。ナツが突然来て、目の前にいる。 「一人でゲームをするのをやめようと思って。これからはハルと一緒にゲームしたいんだ。いや、今までも一緒だったんだけど、ほら、その……」 「わかるよ。ありがとう」  私はナツの胸に飛びついていた。汗びっしょりで気持ち悪かったけど、少しでも早く来ようと急いでくれたんだと思う。私のために一生懸命になってくれるところが大好き。 「私もナツと一緒にゲームをしたい。今までのように離れた場所じゃなくて、ネットを通じてじゃなくて。これからは一緒に……」  そう言うと、ナツは私の体をさらに強く抱きしめた。 「だから、け、結婚しよう」 「うん」  誰かを抱きしめることなんてしたことなかったから、強さの加減がわからなくてちょっと痛かったけれど、初めて一緒になった気がした。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「チーム春夏秋冬」は今日もゲーム内に集まっていた。 「そういえば、二人用の絆リングは?」  ボイスチャットでアキが聞いてきた。 「ボックスに置いて来た。今は四人用の絆リングを装備してる。そっちのほうが強いじゃん。二人用はダメージ1.5倍だけど、四人用は2倍だから、四人用の方が良くね?」  ハルと苦労して手に入れた戦利品の絆リングは一時装備をしていたけれど、そのあと新しいクエストで四人用の絆リングが出るようになった。「チーム春夏秋冬」もそれを手に入れたわけで、それからは常に四人の絆リングを装備している。 「せっかく二人で苦労して手に入れたんじゃないの?」 「もう、いいんだよ。じゃあ、今日も四人でクエストに行きますか!」 「うん」  ハルは俺の隣で頷く。そして、コントローラーを握る俺たちの薬指にはシルバーのリングが輝いていた。
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