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【四】
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「き、君は、きぃちゃん、なのか」
まるで信じられない者を見るかのように、井上が腰を浮かせる。
きぃちゃん。なつかしいですね、17歳の私につけられた愛称です。
「そうですわ。あの男たちの報復を恐れて、見つからないように長い髪をバッサリ切って、服装もモノトーン系に。結婚して名字も変わりましたから、親しい人じゃないと私だと気づかないでしょう」
「え、結婚……」
「はい。ですが、結局離婚してしまいました。理由はお察しの通りです」
名字を変えなかったのは、手続きが面倒だから。
私の名前がきぃちゃんで固定されていたのか、名前にも気づかなかったみたいだ。
「そうか。それで、オレにこんな話を聞かせて、なにを企んでいるんだ」
私の正体を知ったゆえか、井上の口調がぞんざいになり、眉間にシワをよせている。
怯えながらも、どこか観察するような静かな視線に、私は恐怖と共に悲しくなる。
初めから彼はそういう人間だったのか、それとも流れる歳月により、歪に成長したのかは知る術がない。
「ふふふ。そうですね、復讐といったところでしょうか。どんな形であれ、あなたと決着をつけないと私は前に進めません」
復讐という単語に、井上の表情から余裕が消えました。
「オレは逃げていない。助けを呼ぼうとしたんだ、本当だ……っ!」
「それを証明できますか? 確定していることは、あなたが逃げたことで、私はずっと傷ついたままだということです」
――グッ。
「なっ。口から血が……」
「自分のジンジャーティーに毒を仕込みました。これが私の復讐……うぅっ」
だらだらと血を吐きながら、イスから離れて私は井上に迫る。
「ずっと、ずっと、あの時、あなたに助けてもらいたかった」
逃げようとして尻もちをつく、かつての恋人に私は言いました。
「あなたのカップのジンジャーティーに中和剤が入っています。5分以内に私に飲ませれば私は助かり、あなたに不利な書類をすべて処分しましょう」
「不利だと……?」
「ぐっ……ぅ、言ったでしょう。しっかり身辺調査をしたって」
既婚者だと隠して不倫をしようなんて良い度胸ですね。
しかも裏で薬を横流ししているとか笑えません。
「だけど、助けなければ?」
そんなことは決まっている。
「……私はあなたを許しません」
「だったら、答えはわかっているだろうっ!」
鬼のような形相で井上は私を突き飛ばした。
ぐったりとした私をイスに座らせて、どこから取り出したのかガムテープを体に巻き付ける。
死人に口なしですか、手慣れているなんて下種の極みですね。
「夢見たところわるいが、馬鹿みたいに待つやつを観察するのは楽しいんだ。それだけだぜっ! 勝手に恨んで死んでいろっ!」
勝利を確信したせせら笑いに、私は泣きたくなった。
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