【四】

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【四】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「き、君は、きぃちゃん、なのか」  まるで信じられない者を見るかのように、井上が腰を浮かせる。  きぃちゃん。なつかしいですね、17歳の私につけられた愛称です。 「そうですわ。あの男たちの報復を恐れて、見つからないように長い髪をバッサリ切って、服装もモノトーン系に。結婚して名字も変わりましたから、親しい人じゃないと私だと気づかないでしょう」 「え、結婚……」 「はい。ですが、結局離婚してしまいました。理由はお察しの通りです」  名字を変えなかったのは、手続きが面倒だから。  私の名前がきぃちゃんで固定されていたのか、名前にも気づかなかったみたいだ。 「そうか。それで、オレにこんな話を聞かせて、なにを企んでいるんだ」  私の正体を知ったゆえか、井上の口調がぞんざいになり、眉間にシワをよせている。  怯えながらも、どこか観察するような静かな視線に、私は恐怖(おそれ)と共に悲しくなる。  初めから彼はそういう人間だったのか、それとも流れる歳月により、(いびつ)に成長したのかは知る術がない。 「ふふふ。そうですね、復讐といったところでしょうか。どんな形であれ、あなたと決着をつけないと私は前に進めません」  復讐という単語に、井上の表情から余裕が消えました。 「オレは逃げていない。助けを呼ぼうとしたんだ、本当だ……っ!」 「それを証明できますか? 確定していることは、あなたが逃げたことで、私はずっと傷ついたままだということです」 ――グッ。 「なっ。口から血が……」 「自分のジンジャーティーに毒を仕込みました。これが私の復讐……うぅっ」  だらだらと血を吐きながら、イスから離れて私は井上に迫る。 「ずっと、ずっと、あの時、あなたに助けてもらいたかった」  逃げようとして尻もちをつく、かつての恋人に私は言いました。 「あなたのカップのジンジャーティーに中和剤が入っています。5分以内に私に飲ませれば私は助かり、あなたに不利な書類をすべて処分しましょう」 「不利だと……?」 「ぐっ……ぅ、言ったでしょう。しっかり身辺調査をしたって」    既婚者だと隠して不倫をしようなんて良い度胸ですね。  しかも裏で薬を横流ししているとか笑えません。 「だけど、助けなければ?」  そんなことは決まっている。 「……私はあなたを許しません」 「だったら、答えはわかっているだろうっ!」  鬼のような形相で井上は私を突き飛ばした。  ぐったりとした私をイスに座らせて、どこから取り出したのかガムテープを体に巻き付ける。  死人に口なしですか、手慣れているなんて下種(げす)の極みですね。 「夢見(ゆめみ)たところわるいが、馬鹿みたいに待つやつを観察するのは楽しいんだ。それだけだぜっ! 勝手に恨んで死んでいろっ!」  勝利を確信したせせら笑いに、私は泣きたくなった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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