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おかえり
ぼくは、森の中にある遊園地にいるくま。
くまと言っても、本物のくまじゃない。
子どもたちを楽しませる、着ぐるみのくまだ。
おかえり
学校では目立たなくて友だちもいないぼくだけど、
ここにいる間は子どもたちの人気者だった。
なにかをすれば笑ってくれるし、その顔を見るとぼくも着ぐるみの中で笑顔になった。
閉園時間なり、ぼくは次のアルバイト先に行かなくてはいけなかった。
着替えるため楽屋に戻る渡り廊下を歩いていたとき、
近くの草むらががさがさと揺れたんだ。
「だれかいるの?」
声をかけても、なにも出てこなかった。
ぼくは好奇心から、自分から近づいた。
草むらの奥にいたのは…
「くまさん?」
まだ小さな子ぐまだった。
その子のからだには木のつたがぐるぐると絡まっていた。
怯えた表情でぼくを見ている。
ぼくも少し怖かったが、幼いくまということもあり、
近づいてつたをほどいていくことができた。
ぷるぷると震えるくまのためにも、早く終わってあげたかった。
「だいじょうぶ。 だいじょうぶ」
励まし続けて、ようやくすべてのつたをとることができた。
それに気付いた子ぐまは、すぐに森の中へと逃げてしまった。
「次は気をつけるんだよー!」
ぼくは危なっかしい子ぐまを心配しつつ、楽屋に戻った。
それから、おかしなことが起こった。
仕事が終わって歩いていると、いつもの廊下の真ん中にどっさりと果物がおかれていた。
あるときは、魚。
あるときは、野菜。
不思議だったけれど、
これは子ぐまが気にして恩返しをしているのかもしれないと勝手に思った。
ぼくはそれらを抱きかかえて、「ありがとう」と森の中に伝え、大事に持ち帰える。
すべてのお仕事を終えて、それを食べるのが楽しみだった。
そんなやりとりが続いて、
悪い人間じゃないとわかったのか、一日一歩ずつ距離を縮めてきた。
ぼくは子ぐまに手をのばして、
「おいで」
と言ってみたものの、あと一歩が踏み出せないようだった。
ふと、ぼくは思いつく。
外していたくまの着ぐるみの頭をまたかぶって、くまになった。
すると、向こうから寄ってきた。
安心したのか、すりすりとからだを擦り寄せてくる。
「いつもありがとう。 でも、もう贈り物はいいんだよ」
じゃれてくる子ぐまを、日が暮れるまで撫でた。
毎日、毎日、子ぐまはやってくる。
時間も関係ないのか、気がつけば渡り廊下のはじの草むらの中にいた。
あの子も、ぼくと同じひとりぼっちなのかもしれない…
そんな気がして、追いやることもできずに時間いっぱい遊んであげた。
ぼくの友だちは小さな子ぐま。
それでよかったんだ。
真夏の熱い昼間。
強い日差しが降り注ぐなか、ぼくは厚手の着ぐるみを着てお仕事をしていた。
汗がぽろぽろとこぼれる。
笑顔の子どもたちの顔が薄れていった。
ぼくの目の前が、真っ暗になった…。
気がつくと、白い天井を見ていた。
話を聞くと、ぼくは熱中症で倒れてしまったらしい。
日々の掛け持ちのお仕事の疲れもあったせいで、すぐには退院できなかった。
数日間、ぼくは病院のベットの上で過ごした。
ここから、遊園地の観覧車が小さく頭を出していた。
考えることは、毎日ぼくに会いに来てくれていた子ぐまのこと。
あの子はまたひとりぼっちになって、なにを思っているのだろう…。
ぼくは慣れているけど、子どものくまには寂しくてたまらないかもしれない。
早く元気になって、会いに行かないと。
ぼくは治療に専念した。
ようやく退院を認められた頃には、涼しい季節になっていた。
ぼくはあの日以来、着られなかった着ぐるみと向き合う。
これから、いつもの日常がはじまる。
辛くても、ぼくには友だちがいた。
言葉を交わせなくても分かり合える大切な友だちが…
渡り廊下を歩く。
いつもの場所に、あの子はいなかった。
あれから時間もたって、成長して、友だちもできたんだろうな…
そう言い聞かせて、くまの頭をかぶった。
ぼくはくま。
泣いてちゃみんなを笑顔にできないじゃないか…。
ぼぉっと歩いていると、子どもたちの歓声が聞こえてきた。
その方向に目をやる。
そこには、子どもに囲まれた大きなくまがいた。
「ふかふかくまさん! また会ったね!」
「くまさんに会いに来たんだよ~」
子どもたちはくまのたくましい体で抱っこされて、とてもうれしそうだった。
ぼくは、そのくまに、見覚えがあった…
あのやさしい眼差しは…
森の中に、小さな遊園地がありました。
そこには、子どもたちを喜ばせるたくさんのものがあります。
その中でも、二匹の着ぐるみのくまは遊園地の人気者です。
今日も二匹仲良く、みんなを楽しませていることでしょう。
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