少年

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シーン1 宮城県仙台市青葉区 国道48号線 車内 貴之が運転し助手席には妻の由紀子、後部座席には二人の息子である連が座っている 連はゲームをしながら時折、窓から外の景色を眺めている 連「何もない所だね。」 貴之「昔よりは色んな物が出来たんだよ…コンビニなんてなかったのに…。」 由紀子「パパの住んでた所に来るの初めて。」 連「つまらなそう…」 貴之「そんな事言うなよ、三角油揚げとか玉こん美味しんだよ…それにね定義さんは一生に一度の願いを叶えてくれるんだ…」 由紀子「パパは何かお願いしたの?」 連「叶ったの?」 貴之「パパがお願いしたのはね…」 シーン2 貴之の少年時代(小学3年) 貴之が住んでいたアパート 夜 貴之が居間に座っている 母がインスタントラーメンを運んでくる 具が何も入っていないラーメン 貴之の前にラーメンの器を置く母 母「貴之、食べちゃいな。」 貴之「うん…でも母さんのは?」 母「母さんお腹いっぱいだから…」 母は膝の抜けたジャージに首の伸びたトレーナー姿 母の顔には殴られた様な痣がある 貴之は台所に行く 母「ちゃんと座って食べないと行儀悪いよ。」 貴之は味噌汁のお椀を一つ持ってくる 貴之「母さんも一緒に食べよう、ボクもそんなにお腹減ってないんだ。」 貴之はお椀に麺を移す 自分のより母に多く麺を入れる貴之 貴之「食べな、母さん。」 母は貴之の頭を撫でながら涙を流す 涙を流している母の姿を見ないようにラーメンを食べる貴之 母「………貴之……お父さんと暮らしなさい」 シーン3 貴之の父親の実家 居間 居間には父方の祖父と祖母が座っている 中に入る父親と貴之 貴之はスポーツバックを持ちランドセルを背負っている 父「今日から貴之もここで暮らすから。挨拶しなさい。」 貴之「宜しくお願いします。」 返事をせず、貴之を見ようともしない祖父と祖母 父「…奥の部屋に荷物を置いてこい。」 頷いて奥の部屋に行く貴之 豆電球だけがついた薄暗い部屋に荷物を置く貴之 居間から声が聞こえてくる 祖父「なんで連れてきたんだ?」 父「他に何処に連れていくんだよ。」 祖母「あんな女の子供なんて孫でもなんでもない!」 父「あいつをどうしろっていうんだよ─」 正座して下を向く貴之 シーン4 父親の実家 居間 夜 貴之は部屋の隅で正座してテレビを見ている 帰宅する父方の祖父 祖父「誰がテレビ見て良いって言ったんだ?」 貴之「ごめんなさい。」 祖父「宿題は?」 貴之「終わりました。」 祖父「テストはなかったのか?」 貴之「ありました…。」 祖父「見せてみろ、オレが教えてやるから。」 貴之は奥の部屋からテストの答案を持ってきて祖父に渡す テストは100点 テストを見て舌打ちする祖父 祖父「……勉強が出来る所は父親に似たんだな…学校にも行かせてもらえて…感謝しろよ。」 貴之「…はい。」 台所から祖母の声 祖母「夕飯出来たから運んで。」 貴之「はい。」 シーン5 父親の実家 居間 夕飯 居間のテーブルを囲む祖父、祖母、エリ、ユミ テーブルにはご飯、味噌汁、ハンバーグ等が並んでいる 既に座っている四人 お盆にご飯、味噌汁、漬物のお皿を乗せて貴之が台所から来る どこに座ろうか迷う貴之 祖母「貴之はそこに座りな」 と部屋の隅を指さす 貴之は床にお盆を置いて正座する 祖父「エリとユミは久しぶりだな。」 にこやかな祖父と祖母 エリ「今日はパパもママも仕事だからこっちでご飯食べなさいって。」 祖母「毎日来ても良いんだよ。うちの孫なんだから。」 ユミは貴之の方を見て手招きする ユミ「貴ちゃんこっちにおいで。」 エリ「私達の隣に座りなよ。」 祖父「貴之はそこでいいんだ。」 祖母「貴之はよその子なんだから。」 エリ「貴ちゃんはいとこだよ。よその子じゃないよ。」 祖父「いいの、いいの。早く食べな。冷めちゃうから。」 祖母「エリとユミが来るって言うから今日はハンバーグにしたんだから。貴之も早く食べちゃいな。」 貴之「いただきます。」 貴之はご飯と味噌汁だけでご飯を食べ始める ユミ「貴ちゃんのハンバーグは?」 祖母「あんた達の分しか作ってないよ。」 祖父「気にしないで食べなさい。」 エリ「貴ちゃん、私の半分あげる。」 ユミ「私のもあげるよ。」 貴之「…ありがとう。」 それを見た祖父と祖母は貴之を憎しみのこもった目で見る 祖母「いやらしい子供だね…そんなにハンバーグ食いたかった?」 祖父「お前がいると二人が食べづらいから台所で食えよ。」 シーン6 父親の実家 台所 流し台 電気は消されていて流し台の蛍光灯だけの薄暗い台所 貴之は流し台で立ってご飯を食べている 貴之の寂しく小さい後ろ姿 シーン7 小学校校庭 放課後 貴之は校庭の隅のベンチに一人で座っている ガキ大将風の熊谷 その仲間の鎌田と滝川の男子達が貴之の方を見ながら何か話している 熊谷が貴之の前に立つ 熊谷「お前だろ?一組に転校してきた奴って。」 貴之「そうだけど…」 熊谷「オレは二組の熊谷っていうんだ。」 鎌田「熊谷君は3年で一番足が早くてスポーツならなんでも出来るんだ!」 熊谷「お前どこから来たの?」 貴之「仙台から。」(注:この時代、定義山含めた一体の付近は宮城県宮城郡となっていた) 熊谷「好きなスポーツ何?」 貴之「野球かな…」 熊谷「チームに入ってんの?」 貴之「ううん…。」 熊谷「お前、運動は得意なの?足早い?」 貴之「前の学校ではリレーの選手だったよ。」 熊谷「へぇ…じゃあオレと勝負しようぜ。」 貴之「勝負?」 熊谷「ここからあそこの朝礼台までどっちが早いか競走しようぜ!」 貴之「…いいよ。」 滝川「熊谷君が負けるわけねぇよ!」 鎌田「当たり前だろ、転校生に負けるわけないよ!」 校庭に足でスタートラインを書く熊谷 熊谷「ここから向こうまでな!」 熊谷が指差す方向には朝礼台がある その向こうには花壇があり、花壇の手入れをしている女子が何人かいる 貴之は朝礼台を見て 貴之「わかった。」 と熊谷に返事をする 熊谷の仲間の鎌田が近づいてくる 鎌田「オレがスタートの合図をするよ!」 熊谷「おう。」 熊谷と貴之はスタートラインにクラウチングスタートの姿勢を取る 鎌田は被っていた野球帽を手に取り上に掲げる 鎌田「位置について…よーい……どん!」 鎌田の合図で同時にスタートを切る二人 熊谷がリードしてスタートするが、貴之が差を詰めて熊谷に並ぶ そのまま並走してゴールに近づくがゴール付近で僅かに貴之がリードする 貴之が勝ったがほぼ同着 膝に手をついて息を切らせる二人 その様子を花壇の手入れをしていた女子(愛美)が見ている 鎌田と滝川が遅れて走ってくる 滝川「どっちが勝った?」 熊谷は息を切らせながら 熊谷「…こいつ…早いよ。」 鎌田「熊谷君負けたの?」 貴之も息を切らせている 貴之「…同時だったよ…」 熊谷「いや、お前が少しだけ早かった。」 滝川「嘘だ!熊谷君調子悪かったんだろ?こんな靴に穴の空いてる奴に負けるわけないよ!」 恥ずかしくて右足を隠す貴之 熊谷「やめろ!」 鎌田と滝川を睨みつける熊谷 熊谷「こっちはな、学校の運動会の他に学区民運動会ってあるんだ。オレはうちの地区の3年代表でリレーに出る。だからお前もお前の地区の3年代表になれよ。」 貴之「…うん。」 熊谷「そこでもう1回勝負しようぜ!」 貴之「わかった。」 熊谷「お前、名前は?」 貴之「鈴木貴之。」 熊谷「貴之、お前なかなかやるな!」 手を差し出す熊谷 貴之は熊谷の手を握り返す 貴之「熊谷君の方が早かったよ!」 二人はしっかりと握手を交わす シーン8 小学校 三年一組教室 それぞれが仲の良い友達の席で話をしたり、遊んだりしている 貴之が教室に入ってくる 貴之の姿に気づき愛美が貴之の席に近づいてくる 愛美「鈴木君って足早いんだね!」 貴之「えっ、そんなことないよ。」 愛美「見てたよ、熊谷君と競争してるの!」 貴之「見てたの?」 愛美「熊谷君と同じ位早い人なんかみたことないよ、鈴木君凄いよ!」 貴之「そんなことないよ。」 近くにいたクラスメートの女子達(早坂と庄司)が会話に入ってくる 早坂「いつの間に仲良くなったの?」 愛美「鈴木君、熊谷君とかけっこの競走して勝ったんだよ!」 庄司「えぇー、熊谷君に?」 愛美「凄いよね?」 貴之「勝ってないよ、同じ位だったよ。」 早坂「でも熊谷君と同じ位って凄いよ、うちのクラスの男子じゃ勝てないもん。」 照れる貴之 その様子を面白くなさそうに見ている宮田と高橋等のクラスメートの男子達 シーン9 小学校教室 給食 六人で一つのグループになり向かい合うように席をつけている 献立はご飯、シチュー、納豆、牛乳、冷凍蜜柑など 貴之はご飯をおかわりして席に戻ってくる 貴之の向かいは愛美が座り、貴之の両隣には宮原と高橋 貴之は空の納豆の容器にご飯を入れてかき混ぜている 宮原「お前なにやってんの?」 貴之「ネバネバに味がついてるから…」 高橋「うわーこいつ貧乏くせぇ!」 宮原と高橋はわざ大声で 宮原「お前んち貧乏なの?」 高橋「靴も穴空いてるし、お前んち貧乏なんだろ?」 貴之は下を俯く 愛美「やめなよ!」 高橋「あぁー愛美お前、こいつのこと好きなんだろ?」 バカにする様な口調で 宮原「結婚式には呼んでねー!」 愛美は恥ずかしさで何も言えなくなる 高橋「そういえば、お前んちお母さんいなんだろ?だから貧乏なの?」 宮原は囃し立てるように手を叩きながら 宮原「ビンボー!ビンボー!ビンボー!」 高橋「ビンボー!ビンボー!」 担任の藤沢が来る 藤沢は怒鳴る 藤沢「やめろ!なにやってんだお前ら!?」 高橋「違うよ、先生。」 宮原「こいつが変なことしてたから…」 藤沢「こいつって誰だよ?鈴木には貴之って名前があんだろ?」 藤沢は納豆の容器に入ったご飯を見る 藤沢「貴之…行儀が悪いな…。」 貴之「…ごめんなさい…ボク家でおかず貰えないから…いつもこうやって…」 貴之「なんだ、やっぱりビンボーじゃん。」 宮原「どっかで拾われた子なんじゃねぇの?」 藤沢はカッとなって手を上げそうになるが我慢する 藤沢は宮原と高橋に 藤沢「食べ終わったなら食器を下げてこい!」 宮原と高橋は食器を下げに行く 貴之はずっと俯いたまま 藤沢は貴之を見つめる 貴之は下を向いたまま黙って頷く シーン10 父親の実家 日曜 昼 貴之は家の前にあるブロック塀に軟式の野球ボールを当てて遊んでいる グローブがないので素手でキャッチしている そこへエリとユミが来る エリ「貴ちゃん、チョコ貰った?」 貴之「チョコ?」 ユミ「ばぁちゃんが買ってくれてたみたいだよ!」 エリ「みんなの分あるって!私もユミも貰ったよ!」 エリとユミは手に持っているチョコを貴之に見せる 貴之「これ新発売のやつ…」 ユミ「貴ちゃんも貰っておいでよ!一緒に食べよう!」 貴之「うん!貰ってくるね!」 貴之は走って家に戻っていく 貴之は家に入り台所にいる祖母に後ろから声をかける 貴之「おばぁちゃん。」 祖母「…何?」 貴之「…ボクにもチョコレート貰えますか?」 祖母「…誰から聞いたの?」 貴之「エリちゃんとユミちゃん。」 祖母「…まったく仕方ないねぇ…」 祖母は貴之の方を振り向き 祖母「誰にも言うなって言ったのに。」 貴之「…」 祖母「あんたの分は買ってないよ。」 貴之「ないの?」 祖母「あるわけないでしょ!よその子なのにご飯食べさせてもらってるだけでも有難いと思いなさい!」 貴之はゆっくりと祖母の顔を見上げる 祖母「その目だよ!その目!あの女にそっくり!嫌だ嫌だ、早く外で遊んできな。晩御飯の時間まで帰ってこなくていいから。」 貴之はゆっくりと玄関まで戻り靴を履く そのスニーカーの爪先はぽっかり穴が空いている 貴之は玄関を出る エリとユミが貴之を待っている エリ「貴ちゃん貰えた?」 貴之「…ボクの分はないって…」 エリ「えぇ…。」 ユミ「良いよ、また三人でわけっこしよ?」 貴之「…ボクはよその子だからって…」 貴之は全力で走っていく エリとユミは貴之の後ろ姿を見ている エリ「パパとママに言おう…」 ユミ「うん。」 シーン11 極楽山西方寺(定義如来) 近くの坂道 昼 貴之は俯いたまま 坂道を下っている 坂道が終わると橋がかかっていて貴之は橋の下を覗き込む 右にはバス停があり、貴之は「仙台駅行」と書かれた時刻表を見つめる 貴之はそのバス停を見ながら歩いていく シーン12 極楽山西方寺(定義如来)門前町 三角油揚げの店やお土産屋さんを見て歩く貴之 角の店頭で玉こんにゃくが売られており美味しそうな匂いがする 貴之はゴクリと唾を飲む 値段の書かれたダンボールには1本100円と書いてある 貴之はポケットからお金を出すが10円玉が1枚あるだけ 正面に貞能堂(旧本堂)の山門があり仁王様が立っているのを貴之は見る 貴之は山門の前を横切り歩いていくと地面に100円玉が落ちているのを発見する 貴之は走って行き周りを見て誰もいないことを確認して100円玉を拾う 貴之は後ろを振り返り玉こんにゃく屋さんを見つめる シーン13 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂(旧本堂)前のお賽銭箱の前 貴之はさっき拾った100円玉を見つめてから賽銭箱に投げ入れる 鐘を鳴らしてから手を合わせる 頭を下げ帰ろうとすると後ろから声をかけられる 少年「一人で来たのか?」 貴之は振り返り少年を見る その少年は狩衣のような平安時代を思わせる服を着ている 貴之と同じ位の年齢に見える 貴之はコクリと頷く 少年「何を願ったのだ?」 貴之「さっきそこで100円拾ったんだけど…きっとここにお参りに来た人のだと思ったんだ…だから…その人のお願いを叶えてくださいって。」 少年は貴之を見てニコリと微笑む その時後ろの方でゴーンという大きな音 他の参拝客が鐘楼堂(鐘つき堂)で鐘をついている 貴之は振り返ると少年は消えている 周りを探すが少年の姿は無い シーン14 極楽山西方寺(定義如来) 長命水の前 貴之は湧き水を飲もうとしているが柄杓の使い方がよくわからないでいる そのまま口をつけて飲もうとすると 少年「それはこうやって使うのだ。」 貴之「あっ!さっきの。」 少年は右手で柄杓を持ち水を掬い、左の掌に水を移しそれを口につけて飲む 貴之は見よう見まねで水を飲む 少年「うまいか?」 貴之「うん、冷たくて美味しい!喉乾いてたんだ。」 少年は頷いて杓子すすいでから戻し連理の欅の方へ歩いていく 貴之は今度は見失わないように急いで杓子をゆすぎ、少年の後をついて行く シーン15 極楽山西方寺(定義如来) 天皇塚 (連理の欅)へ続く坂道 貴之は少年の後をついて歩いていく 貴之「ねぇ、君はこの辺に住んでるの?」 少年「…ずっとこの辺りに住んでおる。」 貴之「……君、お寺の子?名前はなんていうの?」 少年は答えずに歩いていく 坂の上にくると連理の欅の裏側につく 少年はその脇を通り抜けていく 貴之は大きな木に圧倒されながら少年を見失わないようについていく 連理の欅の正面につくと少年は山の方を指さす 貴之は指さす方向を見る 少年「なかなか眺めが良いであろう…」 貴之「…うん。」 貴之は暫く山の方を見つめる 少年「蓮と申す…」 貴之「レン?……蓮君っていうの?」 頷く少年 蓮「…何故一人でここに来たのだ?」 貴之「…ボク転校してきたばかりで…友達もあまりいないし…」 蓮「作れば良いではないか?」 貴之「靴に穴が空いてる貧乏人ってバカにされるんだ…」 蓮「父や母はどうしたのだ?」 貴之「…母さんは遠くに住んでるから…父さんのお爺さんもお婆さんもお前はうちの子じゃないって…」 蓮「そうか…」 貴之「でもさ…ちゃんと良い子にしてたら母さんが迎えに来てくれるんじゃないかなって…」 蓮「…またここに来ればいい。」 貴之「えっ!?いいの?」 頷く蓮 貴之「…あのさ…ボクと…友達になってくれる?」 蓮「…はて…もう友達と思ってたがな…。」 貴之に笑いかける蓮 貴之は弾けるような笑顔 貴之「ありがとう!」 蓮「そなたの名前をまだ聞いてないぞ」 貴之「貴之!」 蓮「覚えておくぞ。」 鐘楼堂(鐘つき堂)からまた鐘の音が聞こえる 貴之は貞能堂の方を振り向く 貴之「ボクも鳴らしてみたいなぁ…」 振り返ると蓮はいなくなっている 貴之「あれ?蓮君?」 貴之が周囲を探すが蓮の姿はない 連理の欅から下を見ると蓮は長命水の側の橋を渡っている 貴之「あっ!もうあんな所にいる!」 貴之は石段を降りていくが下についた時には蓮の姿は無い 貴之「蓮君足速いなぁ…。」 シーン16 極楽山西方寺(定義如来) 大本堂正面の門 貴之は蓮が見つからずに大本堂正面の門を横切って歩いていく 貴之は立ち止まり門の外から大本堂を見ている ペコリと頭を下げ門の前を横切り通り過ぎる シーン17 極楽山西方寺(定義如来) 五重塔入口付近の池 貴之は池を泳ぐ鯉を見ている 暫く鯉を眺めた後、池の間を通り五重塔へと向かう 五重塔の横には看板が立てられていて五重塔の説明が書いてある 貴之は看板を読んでいると声をかけられる 和尚さん「読めるかい?」 貴之「はい、読めます。」 和尚さん「小さいのに偉いね。」 貴之「ボク、歴史好きなんです…織田信長とか豊臣秀吉とか徳川家康とか…学校の図書館で読んでます。」 和尚さん「そうか…でもここに書かれているのは織田信長よりももっと昔の話なんだよ。」 貴之「戦国時代よりも?」 和尚さん「もっとだよ。」 貴之「室町時代?」 和尚さん「もっともっとだよ。」 貴之「鎌倉時代?」 和尚さん「おしい。」 貴之「平安時代?」 和尚さん「平安時代と鎌倉時代の間のお話なんだよ。」 貴之「すごい…図書館に置いてありますか?」 和尚さん「きっと置いてあるよ。」 貴之「今度読んでみよう。」 うんうんと頷く和尚さん 和尚さん「おうちは近いのかい?」 貴之「歩いてきました。」 和尚さん「そうかい…けどもう夕方だしみんな心配するからおうちに帰りなさい。」 貴之「はい…また来ても良いですか?」 和尚さん「もちろんだよ。」 貴之「さっきこの辺に住んでる蓮君っていう子と友達になったんです!また来ます!」 貴之は和尚さんに頭を下げて帰っていく 和尚さんは貴之を見送っている 貴之は途中振り返り和尚さんに手を振る 和尚さんは手を振り返す 和尚さん「蓮君…この辺りにそんな子いたかなぁ…」 シーン18 父親の実家の前 夕暮れ 貴之は定義さんから帰ってくる 家の前に父の車が止まっている 貴之は父の車に気づいて走っていくと車の窓が開く 父「どこに行ってたんだ?」 貴之「定義さんに行ってきたよ。」 父「そうか…」 父は貴之に布で出来た小銭入れを渡す 父「オレがいない時にお腹すいたらこれで何か買って食べなさい。」 貴之「いいの?」 頷きながら父は貴之の頭を撫でようと手を上げると 貴之ビクッとする 父はそのまま貴之の頭を撫でる 貴之は安心する 父「じゃあ父さん出かけてくるから、貴之は中に入ってご飯食べなさい。」 貴之「うん、わかった…父さん…ありがとう。」 父「いいんだ。」 父はじゃあと言いながら車を発進させる 貴之は車が去っていくのを見ている シーン19 父親の実家 居間 祖父が座ってテレビを見ている 貴之が居間に入ってくる 祖父の顔色を伺いながら 貴之「ただいま…」 祖父はテレビを見ていて返事はしない 祖母が台所から顔を出して 祖母「こんな遅くまでどこに行ってたんだい?」 貴之「あっ…定義さんに」 祖母「もうご飯できてるから運んで。」 貴之「はい。」 シーン20 父の実家 居間 祖父と祖母はご飯を食べている 貴之は床の上で食べている 貴之「…あの…」 祖母は貴之の方を見向きもせず 祖母「なに?」 貴之「…この前学校で足が一番早い子とかけっこして勝ったんです…」 祖母「…そりゃすごいね…」 貴之「…学区民運動のリレーで勝負しようって…」 祖母「…頑張んなさい。」 貴之「…それで…靴に穴が空いてて…もうキツくてつま先が痛いから…」 祖父「キツい位の方が早く走れていいんだ。」 貴之「…はい…」 祖母「食べ終わったならさっさと下げちゃいな。」 貴之「はい……ご馳走様でした。」 食器を持って下げようと立ち上がる貴之 祖母「そういえばね、あんたのお母さんのとこのおばあさん…具合が悪くなって倒れたらしいよ。」 貴之「えっ!?大丈夫だったんですか?」 祖母「そこまでは知らないよ…でも向こうの人もいい歳だからねぇ…」 貴之は台所に食器を下げるとすぐ奥の寝室へ向かう シーン21 奥の部屋 貴之と父がいつも寝ている部屋 ランドセルや教科書が置いてある さっき父から貰った財布をポケットから出す貴之 思い詰めた表情をしている 貴之「ばぁちゃん…」 シーン22 父の実家の玄関 朝 貴之はランドセルを背負いドアから出てくる 貴之「いってきます!」 貴之は玄関を出ると走っていく シーン23 定義山近くのバス停(シーン10の場所) 貴之は落ち着かない様子でバスを待っている バスが止まる バスには「仙台駅行」と書いてある 貴之はバスに乗り込む シーン24 バス車内 貴之は1人がけの席に座っている 財布を握りしめて窓の景色を眺めている シーン25 仙台駅 バス停 バスから降りてくる貴之 仙台駅に向かい走っていく シーン26 父親の実家 居間 祖母はお茶を飲みながらテレビを見ている ピンポーンと呼び鈴がなり祖母は玄関に向かう 祖母が玄関のドアを開ける 玄関には担任の藤沢が立っている 祖母「どちら様ですか?」 藤沢「貴之君の担任の藤沢です。」 祖母「それはいつもお世話になっております。」 藤沢「貴之君は?」 祖母「貴之ならいつも通りに出ていきましたけど…」 藤沢「貴之君学校に来てないんです。」 シーン27 仙台駅周辺 高架下 貴之は新寺小路方面へ歩いていく シーン28 仙台 東華中前 貴之の前方に陸橋が見える 貴之は額の汗を手で拭いながら 貴之「もう少しだ」 貴之歩いていく シーン29 仙台市 宮千代 陸橋 貴之は陸橋の途中にある階段から降りてくる 貴之「あと少し、あと少し…」 川沿いの道を走っていく シーン30 仙台市 宮千代 川沿い 貴之の前方 川沿いに車が止まっている 貴之はその車を見る 貴之「あっ!父さんのだ!!」 貴之は立ち止まる 貴之「…どうしよう……」 ──貴之フラッシュバック── 貴之と父と母が住んでいたアパートの居間 父が怒鳴っている 父「てめぇ、オレの言うことが聞けねぇのか?」 テーブルを蹴飛ばす 母「もう嫌なの!」 父「なにぃ?」 貴之「父さんもうやめて!」 貴之は父と母の間に入る 父は貴之の髪の毛を掴み殴りつける 吹き飛ばされる貴之 父「お前はそっちに行ってろ!」 父は母の髪の毛を掴む 泣き叫ぶ母 ──フラッシュバック終了── 貴之「…また叩かれる…父さんに怒られる…」 シーン31 仙台市 宮千代 陸橋 陸橋を駆け上がり来た道を引き返していく貴之 シーン32 仙台市 東華中前 信号機付近 貴之は通り過ぎる車を見ている 赤信号で車が止まる 貴之はその車に走り寄り窓をノックする 貴之「すみません、愛子っていう所の方まで乗せてくれませんか?」 ムリムリと手を振るドライバー 貴之は頭を下げて歩道に戻る その様子を一人の男性(30代)がコインパーキングから見ている 男性は貴之に近づいて声をかける 男性「ねぇ、君。」 貴之は振り返る シーン33 男性の車 車内 貴之「ありがとうございます。」 男性「君のおうちはどの辺なの?」 貴之「愛子っていうところを通り過ぎた所です…」 男性「……何であんなところで?」 貴之「…おばあちゃんが具合悪くなったから会いにきました。」 男性「おばあちゃんには会えたの?」 貴之「……お父さんの車が止まってて…ボクが来たの見つかったら凄く怒られるから…」 男性「お母さんだって心配するでしょ?」 貴之「母さんはおばあちゃんとおじぃちゃんと住んでて…ボクとは離れてるから…」 男性「……こういうことしちゃダメだよ…ボクの家がたまたまそっちの方だから…そして普通の人だから君を家まで送ってあげるけど、もし悪い人だったらどこかに連れて行かれちゃうよ…」 貴之「……」 男性「おうちの人は今日来たこと知ってるの?」 貴之「…お願いします、家の人には言わないで下さい…怒られちゃう…叩かれる…家までじゃなくて家の近くまでにしてください。」 男性「……それは出来ない。家の近くで君を下ろしても、君が家に帰らなかったら?」 貴之「…。」 男性「君が誘拐されて事件に巻き込まれたらどうする?ボクはね君を乗せた以上、君をおうちまで送り届けなきゃいけない。」 貴之「…はい。」 男性「…君が怒られないよう、ちゃんと言ってあげるから。怒らないであげてくださいって言ってあげるから。」 貴之「…」 男性「…君を送る前にボクの奥さんに君を送ることを伝えなきゃならないから、ボクの家にちょっと寄っていくね。」 シーン34 男性の自宅 一戸建ての綺麗な家の前 男性は車を降りる 男性「ちょっと待っててね。」 貴之「はい。」 貴之は車の後部座席の窓から家の玄関の方を見ると男性の奥さんが出てくる とても綺麗で上品そうな女性 玄関で男性と奥さんは何やら話している 貴之は視線を下に向ける 家に送られる緊張と不安が入り交じった貴之 窓がノックされ貴之は窓を見ると奥さんが微笑んで立っている 貴之は窓を開ける 奥さん「こんにちは。」 貴之「こんにちは…」 奥さん「これどうぞ。」 コップを差し出す コップには冷えたジュースが入っている 貴之は一気にそれを飲み干す 奥さん「…心配しないで大丈夫よ。うちの旦那さんがちゃんと怒られないように言ってくれるから。」 貴之「…はい。」 奥さんは貴之の頭を撫でる 奥さん「もう、こういうことしちゃダメよ。」 貴之はゆっくり頷く シーン35 父親の実家の前 車中 男性はサイドブレーキを引き車を停止させる 男性「ここで良いのかい?」 貴之「…はい。」 男性「…行こうか。」 シーン36 父親の実家 玄関 男性の後を貴之はついて行く 男性は玄関の呼び鈴を鳴らす 玄関の扉が開き祖母が出てくる 男性「この子を…送ってきました。」 祖母は貴之を見る 祖母「この度は大変ご迷惑をおかけしました。」 頭を下げる祖母 祖母「貴之!あんたもちゃんとお礼をしなさい!」 貴之「ありがとうございました。」 貴之を見た男性が口を開く 男性「…本当は私が口を挟むべきではないと思いますが…私にお礼を言う前に、この子に頭を下げさせる前に…この子の事を心配してあげて下さい。」 祖母「はっ?」 男性「…私に迷惑をかけたかどうかより、この子が無事だったのか?…叱っても良い、怒っても良い…ですが「大丈夫だったか?」と一番に声をかけてあげて下さい…この子のことを心配してあげて下さい。」 祖母「…」 男性「この子は心配かけたくてやったわけじゃない…イタズラでこういうことをしたわけじゃない…ただ離れて暮らしているおばあちゃんが心配で、母親に会いたい一心でやってしまっただけです…どうか怒らないであげてください。」 祖母「…はい…」 男性は貴之の方を向いて 男性「もうこういうことしちゃダメだよ。」 貴之「…はい」 男性「…ではこれで失礼します。」 男性は祖母へ一礼する 男性は貴之の頭に手を乗せ 男性「離れて暮らしてるお母さんに心配かけちゃダメだよ。」 貴之「はい。」 男性は玄関を開けて帰っていく 貴之は男性の去り際 貴之「ありがとうございました。」 男性は少し笑って軽く手を上げて出ていく シーン37 父親の実家 居間 居間に座りテレビを見ている祖父 貴之は居間に入っていく 祖母「お父さん帰ってくるまで奥の部屋で反省してな!今日は罰として夕飯抜きだから!」 貴之「はい。」 貴之は祖父の横を通り奥の部屋へ行こうとする 祖父「貴之…お前一人で行ったのか?」 貴之「はい。」 祖父「バスに乗ってか?」 貴之「はい。」 祖父「道…覚えてたのか?」 貴之「はい。」 祖父「…そうか…。」 祖父はテレビから目を離さず決して貴之の方を見ようとしないが何かを思い出してるよう 貴之は奥の部屋へ行く 祖父「……あいつは自分の父親にそっくりだな…同じことしやがる…」 シーン38 父親の実家 奥の寝室 豆電球しかついてない部屋で正座している貴之 居間の方から父の「貴之は?」という声が聞こえる 貴之は怒鳴られる怖さで膝に置く手に力が入る 父が入ってくる 父は貴之の前にアンパンとおにぎり、飲み物を置く 父「まだご飯食べてないだろ?」 貴之「うん。」 父「食べなさい。」 貴之はアンパンの袋を開けて食べる 父はその姿を見ながら 父「オレはこういうことをしろってお前にお金渡したわけじゃないぞ…」 貴之はビクッと体に力が入る 父「オレがいない時にお腹減ったら何か食べてほしくて渡したんだ…。」 父が貴之に頭に触れようと手を動かすと貴之は反射的に目をつぶり頭を下げる 父「…叩かないよ…」 父は貴之の頭を撫でる 父「みんな心配するから、もうこういうことするんじゃないぞ。」 貴之は目から涙が溢れ嗚咽する 貴之「……ごめんなさい」 父「…泣かなくて良いから…食べて寝なさい。」 貴之は嗚咽を堪えようとする 涙を腕で拭う 涙が止まらない貴之 それを見つめる父 シーン39 父親の実家 居間 夜 貴之は台所から夕飯を運んでいる 祖父が帰宅する 貴之は居間のテーブルにおかずを並べていると祖父が何か箱を持って入ってくる 貴之「おかえりなさい。」 祖父「…貴之、お前21.5で良いのか?」 貴之「えっ?」 祖父「靴のサイズは21.5で良いのか?」 貴之「はい!」 祖父「開けてみなさい。」 祖父は貴之に箱を渡す 貴之が箱を開けると運動靴が入っている 貴之「うわー!靴だ!」 祖母は台所から居間に入ってくる 祖母「どうしたんですか?」 祖父「帰りに安いのを見つけたからな。履いてみなさい。」 貴之「はい!」 貴之がスニーカーを履くと丁度良い 貴之「ピッタリです!」 祖母「おじぃちゃんにちゃんとお礼しなさい。」 貴之「ありがとうございます!大事にします!」 祖父「お前学区民運動会でも代表になるんだろ?」 貴之「はい。」 祖父「一番にならないと許さないからな。」 貴之は両足を履いて喜んでいる その様子を見る祖父の目には僅かだが優しさが含まれている シーン40 極楽山西方寺(定義如来) 天皇塚(連理の欅)へ至る坂道 坂を登る貴之 坂の上には蓮が立っている 貴之「あっ!蓮くん!」 蓮は手を上げてそれに応える 貴之「蓮くん!見て見て!」 蓮「どうしたのだ?」 貴之「靴買ってもらったんだ!」 蓮は微笑む シーン41 極楽山西方寺(定義如来) トイレ前のベンチ 蓮と貴之は並んで座っている 貴之「ボク学校でいつもみんなにからかわれてたんだ…靴に穴のあいたビンボー人って。」 蓮「みんなではあるまい?」 貴之「うん、仲良くしてくれる子もいるけど…でもこれでからかわれなくなるし、みんなと仲良く出来るかも。」 足をブラブラさせて靴を嬉しそうに眺める貴之 貴之「これで運動会にも出れるよ!」 蓮「貴之…大事なのは物ではないぞ…自分に自信を持つことだ…」 貴之「…蓮くんは難しいこと言うね…」 蓮「貴之にはちと難しかったか笑」 貴之「ねぇ、蓮くん!学校の同級生連れてきても良い?一緒に遊んでくれる?」 蓮「良いぞ。」 貴之「じゃあ今度一緒に来るよ!足の早い熊谷君達と愛美ちゃんとか!」 蓮「愛美ちゃんは貴之の好きな子か?」 貴之「違うよ!!愛美ちゃんは優しくて可愛らしいけど…」 蓮「怪しいのう笑」 貴之「蓮くん!」 蓮にからかわれて照れる貴之 シーン42 極楽山西方寺(定義如来) 近くの山道 貴之達の楽しそうなシーンが続いていく 貴之、愛美、熊谷、鎌田、滝川が虫取り網や虫かごを持って歩いている 大倉ダムを眺めて怖そうな貴之と愛美 橋の下を覗いたりする鎌田と滝川 熊谷はガキ大将風で先頭を歩いている 熊谷は釣り堀を指差したり 愛美と貴之はアゲハ蝶を追いかけたりしている 溢れんばかりの貴之の笑顔 楽しそうな夏の子供たちの風景 シーン43 極楽山西方寺(定義如来) 門前町 貴之達は貞能堂山門前の角のお店で玉こんにゃくを買っている 滝川と鎌田が片手に玉こんにゃくを持ちながら山門ある仁王像のポーズの真似をしている 貴之、熊谷、愛美はそれを見て笑っている シーン44 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂 お線香を供えている五人 お線香を供えると線香の煙を手でお腹の方にかける熊谷 貴之「熊谷君何してるの?」 熊谷「この煙を悪いとこにかけると良くなるんだって!」 貴之「へぇー…でも何でお腹に?」 熊谷「アイス食べすぎてお腹壊してるんだ…」 隣で笑う滝川と鎌田 熊谷「鎌田、お前は頭に煙をかけろよ。」 鎌田「なんで頭に?」 滝川「お前テストの点数悪いから頭に煙かけたら頭良くなるってことじゃない?」 鎌田「熊谷君酷いや…」 大笑いする四人 シーン45 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂 お賽銭箱前 五人並んで手を合わせて目を瞑っている 貴之は片目を開けて隣にいる愛美の様子を見る シーン46 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂前の階段 前には熊谷、鎌田、滝川が横に並び、その後ろを貴之と愛美が並んで歩いている 貴之「ねぇ、愛美ちゃんは何をお願いしたの?」 愛美「えぇ…貴之君は?」 貴之「オレは…ずっとみんなと仲良く出来るように…かな。」 愛美「私はね……教えない笑」 貴之「愛美ちゃんズルい笑」 愛美は熊谷達を追い越して走っていく 貴之は愛美を追いかけていく それを追いかけていく三人 シーン47 極楽山西方寺(定義如来) 大本堂前 正面の門 貴之が蓮を熊谷達に紹介している 貴之「蓮くんっていうんだ!ボクの友達!」 熊谷「変わった格好してるな…」 滝川「学校は?何小?」 蓮「私はお寺の子だからな…学校には行かずにお寺で勉強しているのだ。」 愛美「そんなこと出来るんだぁ…」 蓮「私は特別なのだ…笑」 物珍しい蓮の服装 蓮の周りをぐるぐる回り観察してる鎌田 シーン48 極楽山西方寺(定義如来) 大本堂裏の駐車場 とても広く周囲は木々や山に囲まれている プラスチックのカラーバットとゴムボールで野球をしている五人 ピッチャーは熊谷 バッターは貴之 守備についている滝川、鎌田、愛美 蓮は大本堂裏の石段の上でにこやかな表情で五人の姿を眺めている 蓮「貴之!」 ホームランを打てと言わんばかりに遠くの山の方を指さす蓮 貴之は蓮に頷く 熊谷「しまっていくぞー!」 鎌田、滝川、愛美は「オーっ!」と手をあげる 熊谷が投げたボールを打ち返す貴之 ボールは空高く舞い上がる ボールを追いかけていく鎌田や滝川 ボールを追わず手を叩いて喜んでいる愛美 悔しそうな熊谷 笑顔の蓮にガッツポーズする貴之 シーン49 仙台市街地 喫茶店 窓際の席 貴之の父と母が向かい合って座っている 父「貴之の事なんだが…そっちで引き取ってくれないか?」 母「…どうして?」 父「あいつはお前の側から離れないよ…」 母「長男だからって引き取っていったのはあなたでしょ?」 父「また家出して会いに行かれても困る…」 母「…無理よ…この前母さんが倒れたばかりだし…」 父「実は……再婚を考えてる人がいるんだ…」 母「その人が貴之を引き取りたくないって言ってるの?」 父「そうじゃない!そうじゃないけど…貴之は…子供は母親といるのが一番だと思った…それに……」 母「…それに?」 父「子供が出来たんだ…」 母「…新しく子供が生まれるから貴之はいらないってこと?」 父「そうじゃないって!せめて落ち着くまでは貴之を…」 母「落ち着くまで貴之を預かれってこと?」 父「いや……そっちで引き取ってもらいたい。」 母「あなたって本当に勝手な人ね………私もあなたと別れてから…やっと本当の自分の人生を歩んでいるの…仕事に出て、そこで出会った人もいるの。」 父「…」 母「貴之は引き取れないわ。」 父「そんな…」 母は立ち上がり店を出ていく 呆然とする父 シーン50 父親の実家 台所 祖母と父の新婚約者(梓)がご飯の支度をしている お惣菜のトンカツをお皿に盛り付けている梓 隣で鍋を見ている祖母 梓はお惣菜のトンカツを切る為にまな板の上に乗せ切っている 梓は誤ってトンカツを床に落としてしまう 横目でそれを見ている祖母 何事も無かったかのように落ちたトンカツを拾い皿に乗せる梓 梓「貴之くーん、ちょっとお手伝いしてくれるー?」 貴之を呼ぶ梓 梓は落ちたトンカツの皿を貴之に渡す 梓「これは貴之くんの分ね。」 貴之「はい。」 シーン51 父親の実家 居間 居間には全員揃い、同じテーブルで食事をしている 貴之は床に落ちたとも知らずにトンカツを食べる 梓「貴之くん、美味しい?」 貴之「はい。」 梓「良かったねー。育ち盛りだからたくさん食べなきゃダメだよ。」 貴之「はい。」 唖然とした顔で梓を見る祖母 何も知らない父 父「こいつ優しいだろー?貴之もこういう嫁さんもらわないとダメだぞ?」 貴之は父親を見るが返事はしないで食事を続ける 父「返事くらいしろよ!」 貴之の頭を平手で叩く 祖父「飯の時はやめろ!貴之、ご飯食べたらエリとユミのとこに遊びに行きなさい。」 貴之「はい。」 祖父「お前らに話があるからな。」 父と梓を見る祖父 シーン52 父の実家 隣 エリとユミの家 リビング エリとユミと貴之はお絵描き等をしている エリ「貴ちゃん明日お母さんに会えるんでしょ?」 貴之「うん!」 エリ「良かったね、久しぶりだもんね。」 ユミ「おばちゃんに私達のことも言っておいてね!」 貴之「うん!」 そこへエリとユミの父親(誠)が帰ってきて玄関でエリとユミの母(春美)に話しかける 誠「隣、派手にケンカしてたぞ!貴ちゃんを向こうにやるだの引き取らないだのって!」 貴之は元気がなくなる リビングに顔を出す誠 誠「あっ!貴ちゃん来てたのか?」 エリとユミは誠を睨み エリ「おとうさん!」 誠「いや、悪い、悪い。」 バツが悪そうに奥の部屋へ引っ込む ユミ「貴ちゃん、ゲームしよ!」 貴之「…うん。」 シーン53 母親の実家 玄関のドアを勢いよく開ける貴之 貴之「母さん!」 奥から祖父が出てくる 祖父「貴之!」 貴之「じぃちゃん!」 祖父は貴之を抱きしめる 祖父「元気だっか?ちゃんとご飯たべてたか?」 貴之「うん!」 寝巻き姿の祖母が壁に手をかけながら出てくる 祖母「貴之!」 貴之「ばぁちゃん!」 貴之はばぁちゃんの胸に飛び込む 貴之「ばぁちゃん!大丈夫?」 祖母「貴之の顔を見たら元気になったよ!」 貴之「うん!」 祖母「良かった、良かったー!」 祖父も祖母も貴之の頭を撫でて再会を喜んでいる 貴之「母さんは?」 祖父は急に機嫌が悪くなり 祖父「あいつなら、奥で支度してる。」 貴之「支度?」 祖母「貴之が来た時位、仕事休めば良いのに。」 貴之「母さん仕事なの?」 化粧をして身支度を整えた母が玄関に来る 母「貴之!元気だった?」 貴之「うん!母さんは?」 母「元気だったわよ。」 貴之「母さんどっか行くの?」 母「お仕事よ。」 祖父「何が仕事なもんかよ…毎晩毎晩遅くまで…。」 母は祖父を睨みつける 母「貴之、母さん仕事だからちゃんとじいちゃんとばぁちゃんの言うこと聞いてるんだよ。」 貴之は寂しそうだが、それを隠すように笑顔で 貴之「うん。」 母「じゃあいってくるから、貴之のことお願いね。」 靴を履く母 母「貴之、なるべく早く帰るからね。」 貴之「はい。」 母はドアを開けて出ていく そのドアを寂しそうに見つめる貴之 祖母「中に入りなさい、貴之の好きなお菓子かっておいたんだよ。」 貴之「うん。」 中に入る貴之 シーン54 母の実家 居間 テレビを見ている祖父と貴之 祖父「何か違うお菓子出すか?」 貴之「ううん、夕飯前にお菓子食べるとご飯食べれなくなるから。」 祖父「偉くなったなぁ…すっかりお兄ちゃんになったなぁ…」 照れて笑う貴之 貴之は時計を見る 祖父「まだ帰ってこねぇから、遊んできても良いんだぞ。」 貴之「…うん。」 祖父「暗くならないうちに帰ってくんだぞ。」 貴之「わかった!」 貴之は外へ出ていく シーン55 母の実家 玄関前 遊びに行くと言ったが、玄関の前で母の帰宅を待つ貴之 体育座りして待っている 近所の橋本さんが貴之に気づく 橋本「なんだぁ、貴ちゃん遊びに来てたのか?」 貴之「はい!」 橋本「おっきくなったぁ…ばぁちゃんとじぃちゃんにうんとくらい甘えていけよー。」 貴之「はい!」 橋本「またなぁ。」 手を振って去っていく橋本さん 手を振り返す貴之 暫くするとランニングシャツに作業ズボンをはいた青年が貴之に近づいてくる 貴之「のんちゃん!」 のん「たかぁ…汽車見にくべぇ。」 貴之「いいよ。」 貴之は立ち上がりのんちゃんと手を繋ぐ 手を繋いで歩くのんちゃんと貴之の後ろ姿 シーン56 仙台市 宮城野区 宮千代 貨物列車ターミナルの線路沿い 時間は夕暮れ時 のんちゃんと貴之は何も喋らず、走り去って行く貨物列車を見ている 貴之はのんちゃんに声をかける 貴之「のんちゃん、そろそろ帰ろう」 のん「んだなぁ…」 手を繋ぎ来た道を引き返していく二人 貴之の母の実家に着く のん「…たかぁ…また汽車見に行くべなぁ」 貴之「うん!」 貴之は手を振ってから家に入っていく 寂しそうにドアを見つめるのんちゃん シーン57 母の実家 居間 貴之が居間に入っていく 祖父は老眼鏡をかけて新聞を読んでいる 貴之「ただいまぁ」 祖父「汽車ポッポ公園でも行ってきたのか?」 貴之「ううん、のんちゃんと電車見てきた。」 祖父「…たまに来るんだ、たかは?って…オヤジのとこに行って帰ってこねぇんだっていうと寂しそうに帰っていくんだ、あいつ。」 貴之「…」 祖父「あいつ近所の悪ガキにバカにさってんだ、ごしっぱらやけるごだや。」 貴之「助けてあげてね。」 祖父「見つけたら助けてやってんだ。」 貴之「うん。」 祖父「ご飯にするからばぁちゃんば起こしてきてけろ。」 貴之「わかった。」 シーン58 母の実家 居間 祖父、祖母、貴之だけの夕飯 貴之は時計を見たりして食事が進まない 祖母「貴之、あんまりおかず好きじゃなかった?」 貴之「ううん、麻婆豆腐好きだから美味しいよ。」 祖父「お菓子だの食ったから腹くっついんでねぇか?」 貴之「そんなことないよ!」 祖母「貴之来てる時くらい早く帰って来たらいいのに。」 シーン59 玄関の前の廊下で絵を書いている貴之 絵は母と自分が笑ってる絵 祖母が貴之の所に来る 祖母「こんなとこで足痛くならないかい?」 貴之「大丈夫だよ。」 祖母「暗いところで絵書いてると目悪くするから向こうで書いたら?」 貴之「母さん待ってるから。」 祖母「ばぁちゃん具合悪くならなかったらね…じいちゃんとばぁちゃんで貴之と一緒に暮らすのに…。」 貴之「大丈夫だよ、ばぁちゃん。」 祖母「ごめんね…」 貴之の頭を撫でる祖母 シーン60 母の実家 玄関前の廊下 貴之はいつの間にか寝てしまっている 祖母が気づき祖父を呼ぶ 祖母「じぃちゃん、じぃちゃん。」 廊下に顔を出す祖父 祖父「寝ちゃったのか…」 祖母「待ちくたびれたんだ…」 貴之を抱き上げる祖父 祖父「重たくなったなぁ…」 シーン61 母の実家 寝室 深夜 隣の居間からの祖父の声で目が覚める貴之 襖を少しだけ開ける貴之 シーン62 母の実家 居間 祖父と祖母、母が言い争いをしている 祖父「おめぇ、貴之が帰ってきてんのになんでこんな遅くに帰ってくんだ?」 母「仕事だって言ってるでしょ?」 祖父「こんな遅くまで何の仕事や?」 母「付き合いだってあるのよ。」 祖父「お前酒飲んで帰ってきてんのか?」 母「悪い?」 祖母「あまり大きな声出さないで、貴之が起きるから。」 祖父「お前、仕事仕事って言って、男と遊び歩いてんの知ってんだぞ!?」 母「それくらい良いでしょ?今まで散々我慢してきたの!殴られても蹴られても我慢してきたの!それくらいしたって良いじゃないよ!!」 祖父「貴之はどうすんだ!」 母「………向こうで暮らしてるじゃない…」 祖父「貴之の気持ちわかってるべ!……いらねぇ物みてぇにや…貴之はうちで引き取るからな。」 母「無理よ、母さん倒れたばかりじゃない。母さんの面倒見て、貴之の面倒見て、父さんが倒れたらどうするの?今度は私が三人の面倒見るの?もうたくさん!」 襖を開けて飛び出してくる貴之 貴之「じぃちゃん、母さんを怒らないで。お願い。」 祖父「貴之…」 貴之「母さん、お願いします、ボクを置いて行かないで…ちゃんと良い子にするから。お願いだから置いて行かないで。約束するから、良い子にするから、置いて行かないで…」 涙ぐむ祖父と祖母 母「……貴之…父さんと一緒にいなさい…」 貴之「イヤだ!もうボクを一人にしないで…母さん。」 母「父さんのとこに行くっていったじゃないの…」 貴之「母さん、お願いだから…」 祖父「お前が言わせたんだべ!向こうに行くってお前が貴之に言わせたんだ!」 泣き崩れる祖母 シーン63 小学校 下校中 貴之、熊谷、愛美、滝川、鎌田の五人で歩いている 貴之は元気がなく俯いて歩いている 熊谷は貴之に声をかける 熊谷「元気ないな?」 滝川「どうした?」 貴之「…実は…ボク…転校するんだ。」 熊谷「えっ!?」 愛美「もしかしてお母さんとこに行くの?」 鎌田「良かったじゃん!」 貴之「…ううん…知らない親戚のおばさんとこに行くんだって…」 滝川「遠いのかよ?」 頷く貴之 熊谷「…貴之、約束はどうすんだよ…学区民運動会で決着つける約束はどうすんだよ!」 貴之「それは…」 熊谷「お前約束破るのかよ!嘘つきかよ!」 愛美「熊谷君──」 熊谷「黙ってろよ!オレは貴之と約束したんだ!決着つけようって!男と男の約束なんだよ!」 貴之「熊谷君…」 熊谷「お前は嘘つきじゃないだろ?オレと勝負するよな?転校なんかしないだろ?」 貴之は横に首を振る 熊谷は貴之を突き飛ばす 熊谷「お前なんかもう友達じゃない!いくぞお前ら!」 熊谷は一人で歩き出す 滝川と鎌田はどうするか迷うが貴之にごめんと声をかけて熊谷の後について行く 愛美は貴之に声をかけようとする 貴之「愛美ちゃんもボクと仲良くしない方が良いよ…嘘つきの仲間と思われちゃう…ボク一人は慣れっこなんだ」 愛美「鈴木君…」 貴之は愛美に作り笑いをして一人歩いていく シーン64 父の実家 玄関前の電話 貴之は電話で親戚の叔母さんと話している 叔母「仙台駅まで電車で来なさい。そしたら迎えに行くから。」 貴之「はい。」 叔母「取りに行くのが面倒だから忘れ物しないで来なさいよ。」 貴之「わかりました。」 叔母「じゃあ、またね。」 貴之「はい。」 電話を切る貴之 シーン65 父の実家 居間 祖父と祖母は座ってお茶を飲んでいる 貴之が電話を終えて戻ってくる 祖父「むこうはなんだって?」 貴之「電車で一人で来なさいって。」 祖父「そうか…一人で行けるのか?」 貴之「はい。」 祖母「バスで仙台駅まで行っちゃう位だから…」 貴之「ごめんなさい。」 横目で貴之を見る祖父 シーン66 小学校 下校時 貴之が一人で帰っていると後ろから走ってきた宮原と高橋が貴之を突き飛ばして走り去って行く 転ぶ貴之 その横を熊谷が貴之に見向きもせずに歩いていく その後を滝川と鎌田が貴之に声を掛けたそうに通り過ぎていく 貴之は立ち上がり、服に付いた埃を払う 後ろを歩いていた愛美と貴之の目が合う 貴之は愛美に微笑みかけて一人歩いていく 愛美は泣きそうな表情をする シーン67 極楽山西方寺(定義如来) 五重塔前 ベンチ ベンチに座る蓮と貴之 蓮「今日は一人で来たのか?」 貴之「…うん……あのね、蓮くん…」 蓮「どうした?」 貴之「…ボク…転校することになった…」 蓮「そうか…」 貴之「熊谷君と学区民運動会で勝負しようっていう約束破っちゃった…」 蓮「仕方がなかろう…」 貴之「…ボク嘘つきになっちゃったよ…ボク嘘つきだからダメなのかなぁ…」 蓮「そなたが嘘つきでないことは私が一番よく知っておる…親が決めたことに子供は逆らうことは出来ぬ…」 貴之「…母さんがボクと一緒には暮らせないって…父さんも…ボクが悪い子だからかな?」 蓮「貴之は悪い子ではない…」 貴之「ボクがいるといつもみんなケンカするんだ…ボクなんかいない方が良いんだよ…ボク嘘つきだし悪い子だから、いらない子なのかな?ボク生まれてこない方が良かったんだ…みんなボクをいらないって─」 蓮「貴之!…生まれてこない方が良い人間等一人もおらぬ……貴之……私とお前は友達ではないか…」 貴之「ボク…独りぼっちはイヤだよ…みんなとずっと一緒にいたかった…母さんとも父さんとも離れたくなかった…独りぼっちはイヤだよ…」 蓮「一人ではないではないか…」 貴之「…蓮くん…ボクとずっと友達でいてくれる?ボクが死ぬまでずっと友達でいてくれる?」 蓮は正面から貴之の目を見て 蓮「……それがそなたの願いか?」 貴之「…うん…ずっと…ずっとボクと友達でいてほしい…」 蓮「貴之……そなたの願い…この蓮、しかと聞き届けたぞ……貴之と私は…死ぬまでずっと友達だ」 貴之「蓮くん…」 蓮に縋り付き泣く貴之 しっかりとその背中を抱く蓮 その二人の姿を優しく見守る五重塔内の阿弥陀如来像 シーン68 極楽山西方寺(定義如来) 五重塔前のベンチ ベンチに座る蓮と貴之 蓮「そういえば貴之は鐘をついてみたいといっておったな…」 貴之「うん…でも良いのかな?」 蓮「今日帰ったら暫く来れないであろう…鐘をついて帰るが良い…そして初めてここに来た時のように山門をくぐり帰って行くが良いぞ。」 貴之「うん…でも鐘をついたら蓮くん居なくなるんだもん。」 蓮「今日は居なくならん。」 貴之「それに…なんでボクが最初あっちから来たの知ってるの?」 蓮は冗談ぽく 蓮「…私は何でも知っているのだ笑」 シーン69 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂前 蓮「ここで見ているから、鐘をついて帰るが良い。」 貴之「ホントに見ててくれる?」 蓮「私は嘘はつかん。」 貴之「ボクが居なくなるまでずっと見ててくれる?」 蓮「もちろんだ。」 貴之「約束だよ?」 貴之は小指を立てて蓮に差し出す 二人は指切りをした後、握手をする 蓮「私はずっと待っている…貴之がまたここに来るのをずっと待っているからな。」 貴之「うん。」 貴之は鐘楼堂(鐘つき堂)に向かって階段を降りていく シーン70 極楽山西方寺(定義如来) 鐘楼堂(鐘つき堂) 貴之は階段を上がり一度蓮を見る 蓮は頷く 貴之は鐘をついて鳴らす 大きな音に驚く貴之 そして蓮の方を見ると蓮は笑って貴之を見ている 貴之も蓮に微笑み返す 貴之は蓮に手を振り山門へと走っていく シーン71 極楽山西方寺(定義如来) 貞能堂山門 貴之は後ろを振り返り蓮の姿を確認する そして蓮と貞能堂へ一礼して山門を出ていく 蓮は微笑みながらそれを見ている 何度も何度も振り返る貴之 蓮の姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返る貴之 シーン72 父の実家 居間 祖父が座って何か考えている 祖父「貴之!」 祖父は貴之を呼ぶ 奥の部屋から来る貴之 貴之「はい。」 祖父「明日の支度は出来たのか?」 貴之「はい、終わりました。」 祖父「…忘れ物…しないようにな…。」 貴之「はい。」 祖母も台所から来る 祖母「寝坊しないように早く寝なさいよ。」 貴之「はい。」 祖父「……貴之……また………遊びに来なさい…」 貴之「はい。」 貴之は正座して座り祖父と祖母に向かい 貴之「ありがとうございました。」 と頭を下げる シーン73 父の実家の最寄りの駅 ホーム 貴之は一人で電車を待っている 愛美が走ってくる 愛美「貴之君…」 貴之「愛美ちゃん…」 愛美「転校しても元気でね」 貴之「ありがとう」 愛美「昨日熊谷君達も誘ったんだけど…」 貴之「うん。」 熊谷、滝川、鎌田が走ってくる 熊谷「貴之…お前向こうに行っても誰にも負けるなよ!」 貴之「熊谷君…」 熊谷「オレはこっちで一番になるから、お前は向こうで一番になれよ!」 貴之「うん!」 熊谷「そして一番同士で勝負だ!」 貴之「わかった!」 電車がホームに到着しそれに乗る貴之 愛美「手紙書いてね!」 貴之「わかった!」 滝川「元気でな!」 鎌田「俺達のこと忘れるなよ!」 熊谷「負けるなよ!」 貴之「約束するよ!」 電車の扉が閉まり発車する 熊谷達は手を振りながら電車を追いかける 貴之も電車内で手を振る 滝川「行っちゃったな…」 鎌田「寂しくなるな…」 電車を見送る四人の後ろ姿 シーン74 宮城県仙台市青葉区 国道48号線 車内 貴之が運転し助手席には妻由紀子、後部座席には息子連が座っている 貴之は運転し由紀子は外の景色を眺めている 後部座席の連は携帯ゲームをしている ナレーション(少年時代の貴之の声) 「その後ボクは親戚の家を転々とし、ここに帰ってくることは出来ませんでした。 辛いこともたくさんありましたが、支えになったのは心の中にいる友達の存在でした。 いつも友達が心の中にいてくれたおかげでボクは一人じゃないと思うことが出来ました。 大人になってから熊谷君達と連絡を取り合うこともありましたが、不思議なことに……誰一人として蓮くんのことを覚えていないんです。 ボクの寂しさが作り出した幻の友達だったのか…でもボクの心の中にはあの紫色の服を着た蓮くんが確かに存在していました。 指切りをした感触、そして最後までボクを見送ってくれたあの優しい目をボクは覚えているんです。」 シーン75 極楽山西方寺(定義如来) 大本堂前駐車場 車を降りる貴之、由紀子、連 貴之は辺りを見渡しながら軽く伸びをして 貴之「懐かしいなぁ…」 由紀子「何も変わってない?」 貴之「……何にも変わってない…」 シーン76 極楽山西方寺(定義如来) 門前町 貴之、連、由紀子は横に並んで歩いている 貴之は懐かしそうにお店を見ている 連は立ち止まり貞能堂の山門を指差す 連「ねぇパパ…」 貴之も立ち止まり 貴之「どうした?」 連「あそこで誰か手を振ってるよ。」 貴之「どこに?」 連「ほら、門のところ。」 貴之「誰もいないじゃないか?」 連「あそこの門の下に紫の服を着た子が手を振ってるよ!」 貴之「えっ!?」 貴之は目を凝らすが何も見えない 連「手をこうしてるよ!」 連は小指を立てた指切りげんまんの手を貴之に差し出す 貴之はもう一度山門を見る スローモーションになり 貴之の体から少年時代の貴之が抜けて駆け出していく そして山門の下で蓮と少年時代の貴之は抱き合う 連「ねぇ、パパったら!」 貴之「……その子はね…パパの友達の──」 そこは宮城県仙台市 平家の落人伝説も残る極楽山西方寺 宮城県や仙台市近隣の方からは「定義如来」や「定義山」又は親しみを込めて「定義さん」と呼ばれている 御本尊の阿弥陀如来のご宝軸にお願いすると 一生に一度の願いが叶うという言い伝えがある 少年 end 注意1 貴之が引っ越してきた時点で、極楽山西方寺(定義如来)の大本堂はまだありませんでしたが、現在の状況と合わせて大本堂が既に存在している設定で物語を描いております。 注意2 この作品において「極楽山西方寺(定義如来)」や「定義さん」等、実在する固有名詞を記載させて頂いておりますが、私のこれまでの活動、今後の活動理念、活動方針を極楽山西方寺の方にお話してご理解を頂き、ご許可を頂いた上で実在する固有名詞を記載させて頂いております。 この場をお借りして「極楽山西方寺(定義如来)」の皆様、関係者の方に改めてお礼申し上げます。
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