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水しぶきの向こう側に目を凝らすと、そこにいたのは……巨大な水龍。
顔は龍、上半身は女性、下半身は鱗のついた魚体。異様ないでたちに、全身が恐怖で震えた。ただでさえ、怖がりなのに……こんな見たこともない怪物を目の前にして、何も考えることができなくなっていた。
その水龍は腕を上げると私めがけて、振り下ろしてきた。私は精一杯横に飛び、転げまわった。振り下した腕の湖底は大きく陥没していた。
足の震えを我慢しつつ、背負っていた弓矢を手に取り、水龍めがけて放った。矢は命中したけど、ウロコが硬すぎる、まったく歯が立たない……
続けざまに、水龍の尾が私に向かって、迫ってきた。
「あっ」
もうだめだ、その場に横倒れになって両腕で顔を覆い、諦めかけた瞬間、
――ギイイイイン――
鈍い金属音が、洞窟内に響いた。
「だから、あれだけパーティから離れるなと言っておいたのに……」
「鳴海先輩……」
鳴海先輩が大きな盾で防いでくれていた。私はただそのつらそうな表情を茫然と眺めているしかできなかった。
すぐに先輩は私を抱きかかえると、後方へと下がっていった。
「あやめ、そのマーメイドソードを貸してくれるか?」
「でもあの水龍、硬すぎて、その剣でも貫けないかもしれない」
「大丈夫、僕のオリジナルスキルと組み合わせれば、なんとかなる」
マーメイドソードを差し出すと、先輩はそれを両手で握り、上方に構えた。そして水龍めがけて、まっすぐ走り出した。
「先輩!」
先輩はその剣を水龍に振りかざすと同時に、オリジナルスキルの発動メッセージを発した。
「ウェイブソード!」
剣先が突き刺さる瞬間に、大きな波紋が水龍の体を震わせた。そのまま波紋は水龍の背後まで貫通し、洞窟内に大きな振動が響き渡った。
まもなくして水龍は石の塊のように灰色になり、ガラガラと崩れ落ちていった。
「……僕のオリジナルスキルは、攻撃波動を相手に伝播させることで、内部から壊していく技なんだ。だからで大丈夫って、言ったんだよ」
「ごめんなさい、何から何まで迷惑ばかりかけて」
私はその場で泣き崩れていた、こんなにだめな何もできない子、たぶん鳴海先輩もあきれて、嫌われちゃったかもしれない。せっかく楽しいはずだった合宿も台無し……
「マーメイドソードは手に入ったし、これで優勝確定だ。結果オーライでよかったね」
いつも優しい言葉で励ましてくれる。そんなに優しくされると、私はどんどん先輩のことが好きになってしまう。
「そんなことよりももっと大事な話があるんだ」
両手で私の肩を強く握ると、真剣なまなざしを向けてきた。
「あやめ、明日、海には絶対に行かないでくれ」
「え?」
「君は明日海で水難に会う、それを止めに来た」
「……どういうこと?」
「これから話すことをよく聞いてほしい。君は水難事故に会い、亡くなってしまうんだ。その失敗を防ぐために僕は20年後の未来でLDHのアップデートを行った。“時の魔法”を所持するユーザーのタイムラインを追って、過去ログを下ることができるように改修したんだ。そしてこのメッセージを伝えに来た」
「明日、私死ぬの?」
「そうならないようにするために今、僕は未来からログインしている」
「なんでそんなことができるの?」
「量子コンピューター……未来では君の想像のつかないテクノロジーを実現している。ただこれもまずいことなので、システムにハッキングしてアクセスしているけど。だからあまり話している時間がない」
「鳴海先輩……何かの冗談?」
「冗談じゃない、ああ、なんて言えばわかってくれるのかな? そうだ、あやめ、君は僕の事が好きだよね?」
「え、はい、大好きです」
「うん、知っている。これでわかったかな? とにかくここから早く出て、明日は海に行かないこと。わかったね?」
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