叢雲

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 俺の母ちゃんはカプリという。  「海の歌姫」という種族で、海中を住処としている。要は、俺はニンゲンとニンゲンでない者の合いの子というわけだ。外見はニンゲンに近い。泳ぎは得意だけど、母ちゃんみたいに水掻きや鱗はない。母ちゃんの姉さんたち(伯母さんっていうとすさまじく怒られる)に似て、声はいいと言われた。  合いの子なのは知ってる人は知ってるし、珍しいからか気にする人は気にするみたいだけど、ワザワザ自分からふれ回ることでもないって感じ。自分からすれば「だから何だよ!」ってもんだし。まぁ、海中で呼吸できるのは羨ましがられるかな。  港街の納入した先々でも、最低限の挨拶のみで黙ってる俺を見て、父ちゃんは最後に得意先の工房に行った。待っとけと言われて、店先で立ち尽くしていたら、奥から頭巾をかぶった兄ちゃんがお茶を持って出てきた。話が長くなりそうだから、座って待っとけってことだった。  ……納品だけじゃなかったのか。  しばらく待っていると、奥から父ちゃんが工房の親方と一緒に出てきた。なんだか楽しそうに話している。 「よう、お坊ちゃん。デカくなったなぁ」  コガネ親方は、黄色い頭巾を脱いで、毛の薄い頭をつるりと撫でた。  お坊ちゃんとか言うなよ、ハズカシイ。……腹の底でつぶやいて、頭を下げて挨拶する。 「親方と話したんだがな、テン、お前、工房の商材配送についていくか?」 「……?」  父ちゃんの提案が、一瞬何のことだか分からなかった。工房の配送? 腑に落ちないのが顔に出ていたのだと思う。コガネ親方が話を継いだ。 「(おう)の国外に出荷する荷物があるんだが、それについて行ってもらえんか? 大分長旅になるから、一人じゃ心細かろうが、ちょうどうちのどの職人も仕事を抱えておってな。配送に同行できんのだ」  長旅? 父ちゃんとも、母ちゃんとも離れて、どこかへ旅に行く……。 大冒険じゃないか! なんて魅力的な響き! 腰を浮かしかけたところで、奥からまた一人出てきた。 「わたしは、独りでもいいんだけど!」
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