叢雲

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 父ちゃんの船からおろした積み荷を荷馬車に積み込む。フレアの旅支度は大方出来上がっており、あとはこちらの荷物の到着を待つのみ、という状態だったようだ。なんだか何もかも段取りが良すぎて、俺が母ちゃんと喧嘩して陸に家出してきた時から、全てお見通しという気がする。一時は高揚していた気持ちもだんだんと複雑な思いに覆われていた。だからと言って、このチャンスを逃す手はない。父ちゃんちに置いていた着替えやら何やらを預かって、積み荷に加えると、旅支度は完成だ。  工房の若い衆が馬の状態や馬車の車輪の具合を最終チェックしているあいだ、フレアが俺のとこに寄ってきた。 「ねぇ、あの、ちょっと確認しておきたいんだけどさ、テンって、しゃべれるの?」 「?」  なんでそんなことを? と目をぱちくりさせてフレアを見返す。と同時に、自分が全然声を出していなかったことに気が付いた。 「……しゃべれる」 「なんだ。ずっと黙ってるから心配したじゃないの」 「ごめん」  最近、普段の声が出づらくて、つい無口になっていた。どうしてもかすれ気味で、大きな声がでない。ニンゲンの男にはそういう時期があるって、以前母ちゃんに言われたことがある。父ちゃんにもあったらしいが、俺ほどじゃなかったそうだ。多分、合いの子のせいだろうってことになった。おかしなことに、歌は……歌えるんだけどな。 「ところで、なんで、黒ずくめ?」  こっちだって聞きたいことはある。顔かたちも体型もよくわからない黒ずくめ衣装は、ここ港町ではちょっと異様だ。 「美容のために、お肌の露出はさけてんのよ」  マジでか! 怪訝な表情丸出しだったのだろう。フレアは肩をすくめた。 「女の子だもん。当然でしょ」 「フレアよ、誰の受け売りか。テン殿、顔貌を隠しておることは、しばしご容赦願いたい。街中では(げん)の民の容姿は、些か目立ちすぎるのだ。いずれ改めて挨拶させていただくゆえ」  フレアの肩の上にいたシロガネが、羽をゆすった後、居心地悪そうに足踏みした。フレアの体格は、チビの俺とあんまりかわらない。よって肩幅も大したことないから、そりゃ、シロガネも乗りづらかろう。これ以上は何も聞けないと思って話を変える。 「俺、父ちゃんの船で船旅は何度か……。陸の旅は初めてだから、世話掛けるかも……」 「わたしだって、そんな旅慣れてるってわけでもないからね。お互い様」 「なぜ、(おう)の国へ?」 「母に買い物を頼まれたの。積み荷、ほとんどソレ。闇の季節に入る前に欲しかったらしいのよね」 「闇の季節?」 「(げん)の国は冬が長いの。雪催いの雲に覆われて太陽が隠れてしまう。だから、闇の季節っていうの」 「雪がふるのか。雪って……見たことない」 「周りが真っ白になるの。きれいだよ。私は海の中、見たことないな」 「え?」  一瞬、戸惑った。なんで、俺が陸と海を行き来してるの知ってるんだ?  あ、そうか…親から俺のこと聞いてたって言ってたっけ。 「青いよ。……青の濃淡の世界。それと、常に揺らぐ光の網」 「ふうん。木漏れ日みたいな?」 「……ちょっと、似てるかな」 「一度、見てみたいなぁ。息が続いたら、ね」 「浅いとこなら……なんとか」  これから、(げん)の国は冬なんだ。雪が降るって相当寒いらしい……という知識だけはある。海の水が冷たい時と、どう違うんだろう。  最終点検終了の声がかかった。父ちゃんと親方、工房の人の見送りは、あっさりしたものだった。今生の別れというわけでは無し、と父ちゃんは笑った。(げん)の国が完全に冬に閉ざされる前に帰ってこられれば……って、そんなことを考えていた。誰もがそう思っていると思ってた。
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