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港町の中を通っているときはまだよかった。なじみの路地を抜けて商家の前を行き、見慣れた景色を御者席のちょっと高いところから眺めるだけだったから。
どんどん家がまばらになって、見えるものと言ったら、木と草叢と畑、遠くに丘……となったところで途端に居心地が悪くなった。間にシロガネが留まっているとはいえ、すぐ隣によく知らない女の子が座っている状況。冷静に考えてみれば、なんだって父ちゃんはこの状況を是としたのか全く分からん。
「もう、いいよね?」
「?」
ふと、隣を見たら、フレアがフード付きマントを脱いでいるとこだった。シロガネが慌てて飛び退って俺の肩に留まる。案外爪が食い込んで痛い。続いて、頭に巻いていた覆面みたいなのを取り始める。
……雲間から太陽がのぞいたみたいだった。白黒の世界が、一気に彩をおびる。オレンジ色がかった金茶の緩やかに波打った髪がフワフワと広がり、秀でたおでこの人懐っこい笑顔を浮かべた女の子が現れた。身体の内側から光が漏れているような、そこにいるだけで目が釘付けになる存在感。こりゃー、確かに目立つ。
「はーすっきりした! わたし、これ嫌いなのよね」
さらに黒い皮手袋も脱ぎだす。黒い上着も脱ぎそうになって、それは慌てて止めた。ほっとくと全部脱いでしまいそうな勢いだった。つづいて、フレアは荷台の方に振り返り、しばらく何かを探っていた。引っ張り出した手に握られていたのは地図だった。
「行きにたどった道をそのまま引き返すとすると、夕刻には次の町に到着するはずだけど……。このルートは辿らない。えっと……この先の橋を渡らず右に折れて、ここの丘を越える。それから……」
「え? まってまって……なんで完全に街道を外れるんだ?」
「行きの行程だけでは答えをだせなかったからだよ」
「答え? 何それ、てか、玄の国には?」
「戻るよ。『暗くなる前に戻ってこい』って言われてるもん」
「二週間っていうのは?」
「街道沿いを行けばね」
「!」
「何よ。引き返すなら今のうちよ」
「いや、それはない!」
それはないけど、いったいいつになったら玄の国に着くことになるんだ? 暗くなる前って、つまり冬になる前に戻ってこいってことか?
ってことは、この旅は冬の国への一方通行の旅? 俺、戻れるのか?
「面食らわれたようだな。いたしかたない。フレアの使命は、己の力が何であるか見つけてくることなのじゃ」
肩の上でシロガネが話し始めた。
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