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【プロローグ】
時は古代。
国同士の争いはおおよその収束を迎え、安定した日々が続いていた。
そしてここは、ある大きな国の町外れ。町並みを見渡せる小高い丘にその建物はあった。大きさは普通の家より少し大きくて、門柱には『カリヨンの小屋』と書かれている。
そこは色々な理由で住む場所を無くした子供達を預かる施設で、今で言う『児童養護施設』だ。
ある日の昼下がり。
その建物のバルコニーに一人の老婦人がいた。椅子に深々と座って町並みを眺めている。
この老婦人の名前は『ラン』。
彼女はここ『カリヨンの小屋』の支配人であり、院長である。
彼女の額には赤い点が三つ付いている。
これは昔は「奴族」という奴隷を意味する印だったが、今はそれは何の意味もない。
彼女は時々建物の中から聞こえる笑い声にニコニコしながら頷いていた。
建物の中では子供達が授業を受けているのだ。
彼女はこの時間が大好きだった。
そんな時一人の若い旅人がこの建物を訪ねて来て、その老婦人に尋ねた。
「『カリヨンの小屋』とはここの事ですね」
老婦人はその旅人の顔を見るなり
「ボルガかい?」
と驚いた顔をしたが、すぐに我に返り旅人に答えた。
「ああ、すまないね。知っている人に似ていたもんだから。そうだよ、ここが『カリヨンの小屋』だよ」
「よかった。では『マザー・ラン』はいらっしゃいますか」
老婦人は少し照れたように微笑みを浮かべた。
「みんなそう呼んでくれるのはうれしいがね。まあ、ランとは私の事だよ」
「そうですか。あなたが『奴隷開放の祖』と名高いマザー・ランですね」
しかし老婦人は少し呆れた表情を浮かべて答えた。
「旅人さんは口が上手いね。でも、こんな老いぼれをわざわざ訪ねてくるとは随分もの好きだね」
老婦人がこんな意地悪な言い方をしたのには訳がある。
ランを時々神様か何かの様に信奉してくる人がまれにいるからだ。ランはそういうのは全てお断りしている。
それを聞いて、旅人は半歩下がり、ランに頭を下げて再び話し始めた。
「私はスールと言います。東方から出発して、一年掛けてここにたどり着きました。以前私は僧侶をしておりましたが、ある時奴隷開放を成し遂げた国があると聞き、その方法を聞きたくてその身分を捨てあなたに会いに来たのです」
老婦人は自分の失言に気付いた。
「そうかい、そんな遠くから。それは大変だったね。でも、こんなお婆ちゃんの話でいいのかい」
「はい。私の国は未だに奴隷がいます。彼らは人として扱われず、日々苦しんでいます。彼らを助けたいんです」
旅人の目は真剣だった。
老婦人は「よっこらしょ」と座り直して言った。
「スールさんと言ったかね。でも私は何もしてないよ。ただ、そうだね、運が良かったのかな。だから参考にならないかも知れないよ」
「でもいいです。聞かせてください」
「判ったよ。そこじゃなんだから、隣りにお座り。お茶でも飲みながら話しましょう」
と言って、召使にお茶とお菓子を用意させた。
そして一口啜ってから、遠くを見てゆっくりと話し始めた。
「じゃ、どこから話そうかね」
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