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【第一話 出会いの庭】
プロローグからさかのぼる事五十年前。
月のきれいな夜だった。
シャーマンの一人娘『メイル』は、召使の『ドーリ』に言った。
「雨季なのにこんなにきれいな月は珍しいわね。ねえ、ドーリ。お庭をお散歩しましょ」
「そうですね。では明りを持ってまいりますので、少しお待ちください」
メイルは十一歳。額にはシャーマンの印である白い点が彫られている。
召使のドーリは二十四歳。彼女の額には赤い小さな点が三つ。これは奴隷を意味する。
この時代にははっきりとした身分制度があった。
最上位は『皇族』。そして順に『士族』『農族』『商族』と四つの身分に分かれていて、その上下関係は絶対であり、他の身分に移る事は決してない。
そして、どの身分にも属さない者として『シャーマン』という特権階級があった。
彼らは占いを生業(なりわい)としていて誰からも必要とされるので、あえてそれらの階級とは別に置かれていたのだ。『メイル』はそのシャーマンという特権階級の娘だ。
そしてもう一つ。それらの身分制度の最下層として『奴族』と呼ばれる奴隷がいた。
彼らは大抵『農族』や『商族』の家で牛馬の様にこき使われ、ギリギリの生活を強いられている。
だから、ドーリの様に、『奴族』でありながら恵まれた家の召使として使われているのはかなり幸運なのだ。
ただ、ほとんどの『奴族』は人間として扱われず、人権も与えられていない。つまり『奴族』を殺しても罪には問われないのだ。
これはそんな時代の話である。
メイルはドーリに言った。
「大丈夫だよ。こんなに月が明るいんだから。見えるよ」
「そうですか。では付いてまります」
メイルは水たまりをよけながら、月明りにぼんやり浮かんだ花を眺めながらスタスタと歩いて行った。
「メイル様、そんなに急ぐと転びますよ」
「んもう、ドーリは心配性だなあ。大丈夫だよ」
雨上がりの独特の匂いのせいだろうか。メイルの気持ちはウキウキしていた。
次の瞬間、メイルはお約束通り、ぬかるみに足を滑らせて前のめりに転んでしまった。
ビシャッ!
「あ、メイル様。大丈夫ですか」
「ありゃあ、転んじゃったあ」
「お怪我はございませんか」
「大丈夫。土が柔らかかったから」
「それは良かった」
「ごめんねドーリ。お洋服汚しちゃった」
「そんなの構いませんよ」
そんな時だった。
茂みの影から、何やら囁いている様な声が聞こえ、メイルは耳を澄ました。
「メイル様、どうかなさいましたか」
「シッ。ドーリ、誰かいる」
「え?」
「猫かな」
召使のドーリはメイルを制した。
「メイル様は下がって下さい。私が見ますので」
メイルと入れ替わり、ドーリがそっと草の茂みに入った。
彼女が「あら?」と言った声に、メイルが尋ねた。
「ドーリ、何があったの」
二人が見たのは一人の女の子だった。
歳は五、六歳位だろうか。あちこち解れた服を着ていて、額にはドーリと同じ三つの赤い点、奴隷の印がついていた。
そして、震えながら子猫を抱いていた。
メイルが彼女に声をかけた。
「あなた奴隷の子? どこから来たの。ここで何をやっているの」
するとその奴隷の子は今にも泣き出しそうな小さな声で
「ご、ごめんなさい」
と言って、子猫をギュッと抱いた。
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