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子猫はビックリしたのか「ニャッ」と声を出して、彼女の腕から飛び出して走り去って行った。
奴隷の子は「アッ」と言って子猫に手を伸ばしたが、藪の向こうに隠れてしまい、あっという間に見えなくなってしまった。
メイルは更に奴隷の子に尋ねた。
「あれは、あなたの猫?」
「ち、ちがいます」
「どうして猫と一緒にいたの」
「怪我をしていたから」
「猫が?」
「はい」
メイルは何となくこの奴隷の子の優しさを感じ取った。
「ところであなた。どうしてここにいるの」
「すいません」
「あやまらなくていいわ。私別に怒ってないわよ」
すると、ドーリが横から言った。
「メイル様。余程事情があるのかも知れませんよ。あまり問い詰めない方がよろしいかと。それに、私達に危害を加える者の様には見えません」
ドーリはシャーマンの召使でもあり、たくさんの相談者を見てきている。彼女はこの奴隷の少女は余程の事情を抱えて逃げてきたんだと直感した。
それ故メイルはドーリを心底信頼していた。
「それもそうね」
メイルはそう言うと、奴隷の子に向き直った。
「ねえ、一つだけ聞いていい」
奴隷の子は頷いた。
「あなた、名前は?」
奴隷の子は首を振った。
「そう、無いのね」
名前を付けられていない奴族はたくさんいる。この子もそんな一人なのだろう。
メイルはその子の後ろに蘭の花が咲いているのをみた。
「ラン。あなたをランと呼ぶけど、いい?」
奴隷の子はコクリと頷いた。
メイルは奴隷の子『ラン』に言った。
「ねえ、ラン。私の家にいらっしゃい。ここじゃ冷えるし、また雨が降ってきたら濡れちゃうわ。今夜は私と一緒に寝ましょ」
ドーリはビックリしてメイルに言った。
「メイル様、そんな事勝手に決めてよろしいのですか」
「大丈夫だよ。だって誰の奴隷か判らないんだから。それに判ってから返しても遅くないでしょ。だからドーリ、お願い。この子のお風呂と着替えとお布団を用意してあげて」
「仕方ありませんね。わかりました。すぐに用意致します。それとメイル様の分も」
メイルは泥が付いた自分の服を見て、頭を掻いた。
「へへっ、よろしく」
そしてランに手を伸ばした。
「いらっしゃい、ラン」
その時、ランのお腹がグーと鳴った。
メイルは笑いながら言った。
「ハハッ、お腹が空いていたのね」
「す、すいません」
「いいわ。ドーリ、パンも用意してあげて」
ドーリは
「わかりました」
と言って、家に戻って行った。
メイルはランの手を取った。
冷え切ったランの手を握った時、何とも言えない悲しみがメイルの心に流れ込んで来た。
一方、ランは暖かいメイルの手に触れた時、心の中の尖った部分が融けていく様な感覚を覚えた。
言葉ではない、体温がお互いの心を結びつけた瞬間だった。
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