1. あじゅりの願い

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1. あじゅりの願い

みんなが寝静まった真夜中の二時。 ここは、朝から降り始めた粉雪にすっぽりとつつまれた小さな神社。 あたりを見渡しても人っ子ひとりいません。 ……不思議です。 さっきから誰かの名前を呼んでいるような、ささやき声が聞こえます。 どうやらその声は、木々に囲まれた境内(けいだい)から聞こえてくるようです。 耳を澄ますと、……ささやき声は境内の両脇に一台ずつ置かれている狛犬の石像から聞こえてくるようです。 どちらも犬に似た獅子(しし)の形をしていますが、神社に向かって右に置かれている狛犬は口を大きく開けています。 参道を挟んで反対側の狛犬は対照的に固く口を閉ざしていますが、口の両端から鋭い牙が一本ずつでているのがわかります。 口と足に鋭い牙と爪をもった二匹は、今にも襲いかかるようなおそろしい形相をして参道に顔を向けています。 でも、好きこのんでにらみをきかせているわけではありません。 この一対の狛犬は、神社にまつられている祭神を守る番犬だからです。 どうやら声の出所は口を開けている、名前をあじゅりという狛犬のようです。 「うんれつさん、起きてください。うんれつさん、」 あじゅりは向かい側に置かれている狛犬に何度も声をかけていますが、いっこうに返事がありません。 閉じた口から牙をのぞかせている狛犬は、うんれつという名のようです。
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