織田先生はなぜ授業参観を休んだのか

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「なるほど、それは確かにスクープね」  新聞部部長の岩上(いわかみ)先輩が静かにつぶやいた。彼女は俺の二つ上の三年生だ。黒髪のロングヘアーで顔も美人ではあるが、俺はこの先輩のことがある理由で苦手である。  授業参観日の午後、新聞部の部室でたいそう豪華な部長席へと座った岩上さんに、進藤が詰め寄っていた。 「でしょう!織田先生がこれまで授業を休んだことはありません。しかし、今日。織田先生は授業参観を休み、学校まで休んでいるそうです。どうです?これ。調べる価値があると思いませんか?」  進藤さんは織田先生が学校を休んだ一件を調べ上げ、新聞に掲載したいと申し出た。  岩上先輩は、椅子の背もたれに大きくもたれかかりながら悩んでいた。そして、自分のデスクで顔を伏せている俺を見つけると、じっと俺を見つめてきた。 「ねぇ、どう思う?このネタ。記事にするべきだと思う?」  またこれだ。岩上先輩はいつも俺にネタを取り上げるか聞いてくる。部長は自分だというのに、彼女は俺の意見を聞きたがるのだ。 「どうでもいいと思いますよ。織田先生だって休みたいときぐらいありますよ。もしかしたら寝坊とかそんなおちゃめな理由かもしれない。取り上げてもなにかでてくるとは思えませんけど」  俺の言葉を受けて、岩上先輩は小さく「そうねぇ」とつぶやいていた。 「待ってください!先輩!もう校内では織田先生の話でもちきりです!この話題を取り上げなければ、新聞部の名が廃りますよ!」     進藤の話はごもっともである。  織田先生が学校を休んだという話は秒速で校内を駆け巡った。ものの一時間で生徒ほぼ全員へと知れ渡り、学校内は騒然としていた。  そういえば、なぜここまで織田先生が有名なのかを説明していなかった。  織田先生が無遅刻無欠席無早退。これがまず、織田先生の前提である。彼のすごい所は、その無遅刻無欠席無早退が連勤三百六十五日ということにある。  休日祝日はもちろん、冠婚葬祭までも休みをとったことはない。親の葬式でさえも、定時である十七時まできっちり勤務したうえで向かったそうである。  生徒や他の教師すらも登校しない大型台風直撃の日に、ひとり学校で宿直をしていたという話まである。  要するに、労働基準法など考えたこともない傑物なのである。
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