本編

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 部活帰りにカラオケで遊んでいたら、思いのほか盛り上がって帰宅ラッシュに巻き込まれてしまった。  憧れの先パイと二人、普段の倍以上の人が並ぶホームの片隅でたたずむ。 「どーする?」 「んー……帰るの遅くなっちゃうんで、乗ります」 「まぁしゃーないか……」  先パイはしぶしぶといった感じで首筋をさすった。  私と先パイは帰る方向が一緒で、路線も一緒。  いままでも、たまに同じ電車で帰ることがあった。でも、いつもはこんなに混雑してなくて……。  列の最後尾について、開いたドア、電車内の隙間に身体を詰め込む。二人ともカバンは足の間に挟んだ。  目的地までは開かないドアに、少し寄り掛かる。先パイはそんな私に覆いかぶさる形で、ドアに手を付き自分の身体を支えている。 「…大丈夫?」 「だいじょぶです……」  息がかかる距離で向かい合い、ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られる。  思ってたより混んでないかも? と思ったけど、それは先パイが腕と身体で空間を作ってくれてるからだとわかってしまい、 (ヤバいって! もっと好きになっちゃうって!)  独り密かに慌てて、身体を熱くする。  心臓の音が聞こえてしまいそうで離れたいのに離れられないし離れたくない。  でももう少しで目的の駅に着いてしまう。 (あと10分……ううん、あと5分……)  神様、もう少しだけこの状況で……と願った瞬間、停まるはずのない場所で電車が停まった。  ザワつく車内にアナウンスが流れる。 『緊急停止信号を確認したため』……『ご迷惑をおかけしますが』……。 「タイミング悪かったな……」  ぽつりとつぶやいた先パイの程よく低い声が頭上から降り注ぐ。 (やっ! ちょっと待って! ヤバいって! 心臓もたない!)  疑似ハグ状態の体勢が嬉しすぎて、心臓に悪くて…… (は、はやく動いて! いや! もうちょっとこのまま!?)  私の思考を混乱させる。  先パイは特に辛くなさそうだけど、このまま私だけラクな思いをするのは気が引けて。 「せ、せんぱい」 「ん?」 「私、押されても大丈夫です、よ……?」  作り出されたその空間が二人の距離に思えて、もっと近付きたくて。だから、先パイが頑張るのやめたら、もう少し……。 「あー…悪い。ちょっと、少し、離れてたいっていうか……」  バツが悪そうなその言葉に、私の胸は締め付けられる。嬉しかったのは、自分だけだったんだ、って。 「そ、うですよね…すみません……。後ろ、向きましょうか……」  取り繕うように笑みを浮かべるけど、きっと引きつってるだろうなとうつむいてしまう。 「ちが」『お急ぎのところお待たせいたしました。安全の確認がとれました』  慌てたような先パイの言葉を、車内アナウンスがさえぎった。 『お近くの手すりや吊革におつかまりください。発車いたします』  停まっていた電車がゆっくりと動き出し、レールと車輪がぶつかる音が聞こえ始めた。ガタンゴトンと硬い音が車内に響く。  ずっと気まずそうにしていた先パイは、少し身体をかがめて、私の耳元で小さくささやいた。 「これ以上近付くと、自分が制御できなくなりそうなんだよ……」  ごめん、と苦笑してそむけた顔は、耳まで赤くなっている。  その横顔にキューンとときめいた。 (やっぱり、あと5分……停まっててほしかったかも……)  二度目の贅沢な思いは通じず、それ以降は遅れることもなく無事目的駅に着いた。  駅は一緒だけど出口は逆方向だから、ホームの中でさよならしようと思ったら、先パイが私を呼び止めた。 「ごめん、あと5分だけ、いいかな。伝えたいことがあるんだけど」  その5分は、いままでの人生で一番幸せで、これからの人生で何度も思い返したくなる、そんな時間になった。 end
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