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罪は遠く、罰には甘く
ストレーリ子爵令息が、海神ラーヴェの神子様だった。
その話は広く出回った。お兄様がずっと家に閉じこもっていたことは、神殿からも『神子様としての覚醒があまりに早く、御心を深く傷つけられたため』と発表され、そういうことになっている。
実際は違う。
……通常は、神殿へどんな幼子でも連れて行かれるから、そこで分かるのだという。
スラム街にいても、孤児でも、必ずだ。
お兄様はなんと、記録上では私の2つ上。19歳だそうだ。
それほど長く神子様として見つからなかったのは、異例中の異例だという。
「……こんなにも長く見つからなかったことに、何か心当たりはありませんか?」
両親が顔を見合わせ、恐る恐る話し出した。
お兄様は『姿は見えないのに声が聞こえる』とか、『外に出ると余計にひどい』とか、そうしたことを言っていたそうだ。道を歩けば誰もいないところを避ける。それに、この国では穀物より安い魚を全く食べられず、口にできるのは野菜くらいだった。
両親はそれが、悪いこと、であるように言おうとしてはためらうのが分かった。
神子様だと分かった今、お兄様の行動全て、意味があったとしか思えない。
「……息子は以前から、環境の変化にとても弱くて、少しでも知らない人に会うと体調を崩すほどでした。……ですからお祈りにも、なかなか行けずじまいで……」
父がそう言うと、神官様は深く頷かれた。
「なるほど。神子様としての力が覚醒するのが、早すぎたのでしょう。神子様は神の御心を受け取り、他者の痛みを和らげる。その力の制御ができていないと、周りの声やその存在に、大変に影響を受けてしまわれますから……」
「……では息子は」
「幼いころから、無意識のうちに他人の痛みを受け取り、周りの人間の心の声を聞いておられたのでしょう。自分へ向けられた悪意でなくとも、恐ろしい想いをどこかでされたのです」
父が顔を伏せる。
「お聞き及んだ限りでは、神子様や神殿のことを知る前にお心を深く傷つけられてしまった……さぞ、ご苦労されたことでしょう」
神官様はそうおっしゃられたけど。父や母は青ざめたままだ。
私は、思った。もしかして、二人は、兄を神殿へ連れて行ったことがないのではないか、と。
でもいまだに、私は二人の本心を確かめられずにいる。
ストレーリ子爵領では、さっそくと言っていいほど、漁の釣果が大変なことになっていたからだ。悪いんじゃない、良すぎるぐらい。
さらに外国からもあれよあれよと祝いの品が運ばれて、皆、忙しさに喜びの悲鳴を上げている。
「計算終わりました!」
「ありがとうセレナ! ハイデルン、次年度の予算案は!?」
「今届けに行きまーす!!」
おかげで、ストレーリ子爵領の経営を学び始めたところだった私は、学園へ通っている暇などなくなった。海神ラーヴェ様の神子様の血筋と知り合えるとあって、お見合いも大量に持ち込まれている。
父も母も大変な騒ぎでストレーリ子爵領の状況を把握し、あちこちで足りていない人手を足したり、予算をだしたり、大忙しだ。
どうやらそんなわけで二人とも、あの時は不安がっていた『兄の仕返し』は全く考えられなくなっているらしい。
私も、そうだ。
最初は、お兄様が何か仕返しを考えてもおかしくないと思っていた。
だってそうでしょう。誰かに話しかけられることもなく、満足な食事も、清潔な服にもしてもらえず、部屋に閉じ込められ、何も教えてもらえなかった。私はお兄様の名前を、あの瞬間まで誰かに尋ねることさえ考えつかなかったの。
仕返しをしたい。
復讐をしたい。
そう考えたって、何も不思議じゃないのに。
(ひょっとしたらお兄様は……何もかも、お許しになられていたのかもしれない)
神子様は、私たちにとって、神と同じ存在。
海神ラーヴェ様の神子様は、海を操り、水を御し、大嵐さえ跳ねのけると伝わっている。
その光景を私は見たことはない。しかし領民の中には、大嵐に見舞われた船を、真っ白な体に金色の爪、青い目に銀の髪の青年に助けられたと語る者もいた。
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