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できそこないの兄
私にとってお兄様は『いるけどいないも同然』の人だった。
「どうしたのジェーン、好き嫌いはよくないわよ」
「……だって。お肉よりおさかなが良いわ」
「流石ジェーンは、海神ラーヴェの国に生まれた子だな。ほら、パパの魚を分けてあげよう」
私の皿の上に、白身魚のフライが盛られる。
一方、兄はじっと皿を見つめたまま、微動だにしない。
私は花瓶の花が一本だけ萎れていたのを見つけたような、そんな複雑な気持ちになって、パパがくれたフライをぱくついた。
私は、海神ラーヴェの国に生まれた子。ストレーリ子爵の長女。
兄も同じはず。なのに、どうして。
「ジェーンは本当におりこうね」
ママが自慢げに言う。兄には、少しも目をくれないまま。
物心ついたころから、両親は『彼』をいない者として扱ってきた。
私も、ずっとそうだった。
でも最近になって、王都にある学園へ通うための勉強をし始めて、急に不思議に思うようになった。
なぜ、お兄様はいない者として扱われているの?
どうして、私はお兄様の名前を知らないままなの?
十歳の私でさえ不思議に思うのに、パパもママも、不思議には思っていないのかしら。
夕食を終えるころに、お兄様の皿に野菜が盛られた。
ううん、野菜だけど、お料理じゃない。野菜クズだ。
メイドのハンナが、ニンジンの尻尾やカブのへたを乗せていく。野菜のクズが肥料やスープのもとになることは、私も家庭教師から学んだの。
魚が苦手なら、私の食べているお肉を差し上げるわ。そう思って声に出したこともあるの。
そうすると、私は怒られたの。
「いない者の話をしてはいけないよ」
って、パパにも、ママにも。怖くて、その時は黙ってしまった。
でもお兄様はそこにいるわ。間違いないの。幽霊じゃない。
(……なんて聞けば、いいのかしら?)
家庭教師に尋ねたときも、難しい問題だ、と言われてしまった。パパもママも、それが当たり前という顔をしている。私もつい最近まで、同じように考えていた。
でも、領地にある孤児院へ行った時に、気が付いたの。
ストレーリ子爵家が支援する孤児院の子供たちだって、パパやママがいる私のようにちゃんと温かい食事を囲むの。野菜くずは肥料やスープのもとになっていたわ。
じゃあ、どうしてお兄様は野菜くずを食べさせられているの?
食事を終えて、お風呂に入って、ベッドの中で私は考える。お兄様はお風呂に入るのかしら、ベッドの中にいるのかしら。あの汚れた服はどうして綺麗にならないの。私のお兄様なら、メイドたちはなぜ、お兄様の面倒は見ようとしないの。
私の中は、そんな疑問でいっぱいになっていく。
でも。
解決しようとしても、パパもママも、決してお兄様の存在を認めようとはしなかった。
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