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ただいま
愛犬の『アーサー』が死んだ。十五歳だった。オスのジャーマンシェパード。俺が物心ついた時にはもう家族の一員で、玄関で毎日、俺が学校に行くのを見送ってくれ、また、帰宅を迎えてくれた奴だった。一人っ子の俺にとって、兄弟とも言える存在だった。
最期の日も、弱々しく尻尾を振って俺を見送ってくれた。晩年は元気が無かったので、いつ死期が訪れてもおかしくないとは思っていたが、学校の昼休み中に母親から死の知らせを聞いた時はショックで昼食が喉を通らなくなった。そして一人、校舎裏へ行き、昼休みが終わるまで柄にもなく空を見上げて過ごした。
愛犬の弔いに、家族はペット火葬というものをお願いした。今は町外れのペット霊園で眠っている。
あれから一週間が経過した。
俺は兄弟を失った悲しみから立ち直れないでいた。自分でも意外なことだった。
行ってきます、と両親に言うだけでは物足りない。玄関で見送ってくれるアイツがいない。
「気をつけて行ってらっしゃい」
そう言っているようなアーサーの顔が恋しい。
高校を出てから家と逆方向に足が向いたのも、寂しさの現れだった。今日は早帰りだった。
霊園へ行こう、と思った。
最寄りの駅から、郊外方面の電車に乗り、揺られること二十分。小さな公園と、コンビニが一軒あるだけの駅前から、丁度発車するところだったバスに乗った。目的地は終点から二つ手前のバス停。休み時間にスマートフォンで調べていた道順だ。
道中はずっと上り坂だった。新築らしい家がぽつぽつと建っていて、街路樹も多い。実際にアーサーを埋めた時には父親の運転する車で行った。あの時は俺の大部分を悲しみの感情が占めており、ぼんやりと車窓を眺めていただけだった。できれば霊園に着いてほしくないとも思った。
「いいとこじゃん……」
ここなら静かに眠れそうだ。
駅から乗ったバスの客はそこそこいたが、一人、また一人と降りていく。『霊園前』というバス停に着いた時には、乗客は俺だけだった。
運転手にお礼を言って運賃を支払ってからバスを降りる。霊園の入り口は目の前だ。
「あれ……」
火葬炉のある建物の前を、墓地方面に歩く人影があった。長い黒髪と、黒いワンピース姿だったので女の人だろう。若そうに見えたが、顔はよく分からなかった。
俺以外にも霊園に用のある人がいるのだなと思った。亡くなったペットの命日なのかもしれない。そこで俺は、お供えに花かビーフジャーキーの一つでも買ってくればよかったと思った。
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