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霊園の入り口へ行くと、『休園日』と書かれた札の下がったチェーンが張られていた。休園日があるとは、予想外だった。せっかく思い立ってやって来たのに。
――でも、先客はいた。
俺は引き返そうとして、再び園内に視線を向けた。さっき見た彼女も、このチェーンをくぐっていったに違いない。
「……行っちゃうか」
墓前でちょっと手を合わせて帰るだけだ、俺は辺りを見回してから、チェーンをくぐって園内に入った。
電気の消えている建物の前を素通りし、墓地の方向へ。人間の墓地と同じように、洋式の墓石が並んでいる。この霊園には、合同納骨室というところもある。うちは奮発して墓石を立ててもらったのだ。
「……あ」
さっきの女性がいた。俺の前方、向こうを向いて、墓石の並びと並びの間に立っている。
ロングヘアーだと思ったが、違った。裾の大きい黒い頭巾をかぶっているだけだったらしい。
姿から察する。本や映画といったフィクションの世界で見たことがある。
彼女は、シスターだ――
彼女は、掃除中に竹箒を持つかのように自然な佇まいで、身長丈くらい長い、十字架のような形の物を持っていた。地面の芝生の上には数珠飾りが垂れ下がっている。修道女の持つロザリオを、そのまま大きくした物に見えた。
「悪より救いたまえ!」
突然、大声でそう言ったかと思うと、シスターは十字架を大きく振った。彼女の右上から左下に。まるで空間を鎌で裂いているように。
理由は説明できないが、空気が揺れたような気がした。
「……」
「……」
振り終わりにジャラッと数珠が地面を擦る音がしたのを最後に、辺りがシンとなる。俺は、十字架を振り下ろした格好のまま動かない彼女にゆっくり近付き、声をかけた。
「あ、あの……」
俺が最初の『あ』の音を発した瞬間、彼女は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて伸び上がった。尋常ではないスピードで振り返る。驚いたその顔を見るに、彼女は俺と同じ年頃の子だった。色白で真ん丸の目が特徴的だ。
「だ、誰!?」
「いやそれは俺も聞きたいというか……」
「休園日の札、下げていたはず!?」
「それは……貴女が見えたんで越えてきちゃいましたすみません」
「見られてましたか!?」
「えっと……何か言いながらそれを振っていたところですか?」
俺は彼女が握っている十字架を指さした。彼女はまた「ひぃっ!」と伸び上がってから、背中側に十字架を隠した。
「貴方は何も見てない!」
「……」
いやそれは無理だろう。背中から十字架がはみ出ているし、数珠も地面に転がっている。
「貴女は……この霊園のシスターか何かですか?」
「しすたっ!?」
彼女の声が裏返る。そして慌てて頭巾をとった。汗ばんだショートヘアー姿が露わになる。
「と、通りすがりの墓参り人です!」
「……そんな厨二臭い格好で?」
「ちゅうにっ!?」
彼女は突然、芝生の上に跪き頭を垂れて、あからさまな落ち込みようを見せた。
「やっぱり傍から見ると変なんですよ父さん気分のためにこんな格好しても今のご時世じゃコスプレにしか見えないんですよゴスロリの方々だって衰退してるんですよ母さんこれじゃあ逆に浮いてしまうんですよどうすべきなんでしょう父さん母さん……」
何やら早口でぶつぶつ言っている。
かける言葉が見つからず、俺は頭をかいた。何となくだが、ここは彼女には触れずアーサーの墓の前へ行った方がいいのかもしれない。見てしまったことは心に留めておこう。
と、彼女を通り過ぎようとしたところで。
「行っちゃうんですか……?」
足首を捕まれた。いや引き留めるのかよ。
俺を見上げる彼女の目元は涙ぐんでいた。
「こんな状態の私を置いて、行ってしまうんですか……?」
俺は頭をかきながら溜め息を一つついた。
「……俺にどうしろって言うんですか」
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