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出会い
港町「ジャックポート」のとある酒場のテーブル席、2人の男が向かい合っていた。2人はトランプを手にお互いににらみ合っている。今まさに、金貨をかけた勝負の真っ最中であった。
「こいこいこいこい!」
手札の交換が終わった瞬間、片方の男の顔が引きつった。お互いの手札を公開したが、引きつり顔の男の手はノーペア。対いて対戦相手の役は3カードである。
「勝負ありだな。」
対戦相手は掛け金を根こそぎポケットに突っ込みそそくさと酒場を後にした。
「くそー!また負けちまった!」
負けた男の名はグイード。ギャンブル中毒であった。決まった職につかずいつも町を転々とし、ギャンブルで日銭を稼いでいる。
「今日は宿ナシ飯ナシかよ・・・」
ポーカーに負けた彼は宿代と夕食代を失い、町をさまよっていた。しかし負けたのは事実であるから受け入れるしかない。そう自分に言い聞かせながら雨風をしのげる仮宿を探していた。
この男、決してギャンブルが弱いわけではない。むしろ10歳で家を飛び出し、8年間このような生活を続けていける程度には賭け事に長けていた。しかしここ最近、彼は運に見放され始めていたのだ。今日で10回連続での大敗、ついに財布の中身も底を尽きたのだった。
1時間ほど町を散策すると、白い壁の大きな建物が目に入った。
「教会か・・・」
グイード自身教会に入ったことはなかった。というのも「自分の人生は自分で切り開くべき」という信念に従い、今まで神の存在を真剣に考えたことなどなかったのである。
そういえば神というのはか弱い者に優しいのではなかっただろうか。何か恵んでくれるかもしれない。ひょっとしたら一晩くらいなら泊めてくれるのではないだろうか。さらには明日のギャンブルの元手もいくらかもらえたりするかもしれない。そんな甘いことを考えながらグイードは教会へと歩み始めた。
教会の大きな扉をノックする。
「お邪魔しまーす・・・」
中に入るといかにもな聖堂で、神々しい雰囲気に包まれていた。しかし人は誰もいない。
くそ、勘が外れた。とうとう神も俺を見放したのだ(元々信じてはいないが)。誰もいなければ飯も当然出てこないし、お金など恵んでくれるはずもない。強いて言えば宿は確保できたのが唯一の幸運だが。
グイードは疲れ切った脚で聖堂の奥の女神像の前に進んだ。ふらふらになった体に鞭を打ち、膝をついて祈りの姿勢をとる。彼は人生で初めて神に祈ったのだ。
「女神様、私は運に見放され食べるものさえも手に入らなくなってしまいました。こんな私を哀れにお思いなら是非ギャンブルに勝てる幸運をお与えください・・・」
我ながらあきれたものだ。最初の祈りが食べ物でも宿でもなく、明日のギャンブルのことなんて。それくらいグイードにとってギャンブルは生命線であり、人生にとって重要な意味を持っていた。
バカバカしいと思いつつベンチに倒れこんだ。とにかく明日だ、明日勝って元の生活を手に入れてやる。元手は町で靴磨きでもすればいいさ。そう思いながら眠りにつこうと目を閉じた瞬間、聖堂がまばゆい光に包まれた。誰かが来てろうそくでもつけたか?グイードは起き上がって周囲を確認したが光っていたのはろうそくなどではない。ついさっきまで他愛のない祈りを捧げていた女神像である。
「グイードよ。その願い、しかと受け止めました。」
たしかに女神像はそう言った。その後女神像の光は収まっていき、聖堂は元の明るさに戻った。いまのは何だったのだろうか。
ふと気づくと女神像がなくなっていた。驚きの連続でグイードがあたりをきょろきょろと見渡すと、自分がいままで寝たいたベンチに1人の若い女性が座っていた。
「うわああ!!なんだ君は!いつの間に入ったんだ!!」
とにかくグイードは驚いた。
「落ち着いてください。私はあなたの信仰する女神、トゥーナです。あなたの願いを聞き入れて、今ここに降り立ちました。」
自称女神はうっすらと笑みを浮かべながら語りかけてきた。
「女神!?そんなわけあるか!」
「あなたの言いたいことはわかります。ご想像の通り、私は普段は女神像として祀られているのです。しかし、ある条件によってこうして像の姿から解き放たれ現世に降臨することができるです。」
「じょ、条件って・・・?」
グイードは首をかしげる。
「私は幸運の女神、なので貧しい者から幸運を祈られることが降臨の条件です。しかし幸運を願う貧しい人々は少なく、多くは金品や食べ物を願います。グイード、あなたのような人は少数はなのですよ。」
いやいや、納得できるか!突拍子もない説明とまったく論理的ではないこの状況に呆れと驚きと焦りと恐怖がごちゃごちゃになる。そうだ、こういうときは何も考えずに寝てしまうのが一番だ。目の前の元女神像様を視界に入れないようにして僕は別のベンチで気絶するかのように眠りについた。
「おはようございます、グイード。現在朝の8時です。」
グイードは眠りから覚め、5秒後再び目を閉じた。
「おや、2度寝ですか?」
「できるか!」
若干の怒りとたくさんの困惑の混ざった叫びをあげた。
状況を整理しなければ。とにかく俺は教会に入り一晩眠ることができた。それはいい。しかし気まぐれで俺が幸運を祈ったことが災いし、偶然にも女神様とやらがご降臨されてしまっているご様子でございました。どんな奇跡だよ。
「待て、朝の8時だと?」
「その通りです。」
朝の8時ならばこの教会にも人が来るはずだ。神父さんとか。そうすればこの不可解な状況を丸投げができる。そう思った。
「ひょっとしてこの状況を誰かに丸投げしようとしてませんか。罰が当たりますよ?」
「人の心を読むな、自称女神。」
「トゥーナです。そして自称女神ではなく自他ともに認める幸運の女神なのです。」
じゃあ今俺は神様と会話してるってことか。それはありがたいことでございます。なんて思いながら教会の井戸から水を拝借して顔を洗った。
結局教会に人は誰も来なかった。この町の人間はなんと信仰に浅いのだろう。明るくなってい気づいたが、教会もひどく古く、手入れがされていないような汚れかただった。
女神、トゥーナがいうにはあまりもご利益のようなものがないので自分を信仰する人が今はほとんどいなくなってしまったらしい。幸運自体を願う人というのはそれほどに少ないのであろうか。それともご利益があてにならないのか。
とにかく俺がこの女神のご利益を受けられるのはレアケースであり、幸運であるだと思っていいはずだ。せっかくなので1発儲けてみっか!
と思ったが、元手がないのを忘れていた。ジャックポートの中心街でため息をついていると、トゥーナが話しかけてきた。
「お困りのようですね。貧しきものよ。」
「なに当り前のように付いてきてるんだ。教会で大人しくしていればいいんじゃないのか。」
「そういう訳にはいかないのです。近くにいないとご利益を授けれられませんよ?」
「不便な神様だなぁ。」
グイードはさらに深いため息をつき、トゥーナにダメもとでお願いしてみた。
「あのさ、ギャンブルしたいんだけどちょっとお金くれない?具体的には1000ポットくらい。」
「いいですよ、足元をごらんなさい。」
足元には1000ポット札が落ちていた。半分冗談のつもりだったが、実際に金が手に入ると、なんだかトゥーナが本当に女神のように見えてくる。
「あ、ありがとうございます・・・」
照れながら礼をした。女に貢がれるのはこういう気分なのだろうか。
「よろしい。信仰を忘れずに。」
トゥーナは誇らしげな顔でそういった。
グイードたちは昨日大負けした酒場に足を運んだ。負けたものは取り返す、それが彼のポリシーであった。
酒場に入ると昨日グイードとポーカーをした男がカウンター席で酒を飲んでいた。ちなみに現在午前11時である。こいつもギャンブルで生計を立てている口なのであろう。この男の名前はバーンというらしい。
「よう、グイードさん。昨日は悪かったな。」
「バーンさん、こんにちは。昨日の分を取り返したいのだけれど、続きをどうかな?」
ギャンブラー同士お互い詮索はしない。相手がどんな人間であろうと名前さえ分かればそれでいい。それがこの酒場で賭け事をするさえの基本ルールだ。
バーンがほくそえみながら言った。
「悪いな、今日はポーカーの気分じゃねえ。代わりにおもしれえもんがあるんだけどよ、そいつで勝負しねえかい?」
そういうとバーンはカバンからなにやらいくつかの穴が開いたの筒のようなものを取り出した。筒の上には人形が突き刺さっている。
「これは?」
グイードが聞くとバーンは得意げにこう答えた。
「ブラック船長危機一髪だよ。」
聞いたことがないが、ルールを聞いてすぐ理解できた。タルの中にはカラクリが仕組まれており、24つの穴の内1つだけが人形(ブラック船長)が飛び出すスイッチになっているらしい。それを引くことなく順番で小さな剣を穴に刺していくということだ。
「ずいぶん単純だな。やろうぜ。」
グイードは乗り気だった。彼は頭を使った駆け引きのようなゲームよりも運任せのゲームの方が好きだからである。
「おしきた!せっかくだし特別ルールでやろうぜ!先に人形を出した方が勝ちってルールだ!どうだい!?」
「いいね。外れよりも当たりを引いて勝ちたいもんだ。それでいこう!」
そうしてお互い1000ポッドをかけた特別ルールのブラック船長危機一髪が始まった。
「俺の用意したゲームだし、あんたが先行でいいぞ。」
バーンは先行をグイードに譲った。先行が有利であるとは一概には言えないが、なんとなく先行の方がグイードは勝ちやすい気がしていた。
「よっしゃ!当たれ!」
タルに剣を突き刺す。なんの動きもない。
「次は俺だ!おら!」
バーンの一本目もはずれる。
次のグイードの剣もはずれであった。
そしてバーンの2本目の剣でゲームは決定した。
「おーし!俺の勝ち!1000ポッドいただき!」
人形が勢いよく飛び出たのだった。
馬鹿な。こんなに早く決着がつくのか!いまのはたまたまだ!もう一回だ!そう思ったがグイードの手元に金はもうなかった。
「おいおいグイードさん!今日は取り返しに来たんだろう?そんな顔するなって!」
満面の笑みでバーンはそう言った。
「もう金がないんだ。今日はもうできない。」
「金はなくても金目のものならあるだろう?」
バーンはグイードのネックレスを指さした。これは今は亡き母の形見である。さすがに躊躇したが、背に腹は代えられない。これもすべて生活のためだ。
「こっちの賭けは2000ポッドと昨日の勝ち分だ!どうする?」
実際そのくらい価値のあるネックレスだ。
「わかった、勝負だ!」
「そうこなくっちゃ!」
こうして大金をかけたシンプルすぎるギャンブルが再び始まった。
ば~か。なんで疑わねえんだろう。バーンはイカサマをしていた。タルの木目模様にはよく見ると特徴があり、その特徴をもとに当り穴を見つけているのだった。実に単純な作戦である。バカから稼ぐのはほんとに楽しいわ!などとバーンは心の中で嘲笑っていた。
「そろそろ仕掛けますか。」
勝負を後ろからずっと見守っていたトゥーナがようやく動き始めた。動き始めたといっても少々目を見開いただけではあるが。
バーンとトゥーナの思惑も一切知らずにグイードは穴を選んでいた。1/24の確率で負けがすべて帰ってくる。これだからギャンブルはやめられない。グイードは心からそう思っていた。
実際グイードはバーンのイカサマになんて全く気付いていなかった。かれはイカサマをしないと固く決めている。なのでそもそもイカサマへの知識が乏しく、疑うことができない。急に彼が勝てなくなったのも、イカサマの技法が最近になって急激に流行したからである。そんな背景があることも当然グイードは知らない。
「ここでもない・・・ここでもない・・・」
穴を探すグイード。
「まあ、ゆっくり選べや♪」
余裕たっぷりのバーン。バーンは一本目で当てるつもりであった。
「ここでもない・・・ここでもない・・・」
頼むよ、お袋の形見がかかってるんだ。何とかししてくれよ、神様!!
「ここでもな、な、なっくしゅんっ!!!」
グイードは急にくしゃみをした。その勢いで持っていた剣が意図せぬ穴に刺さってしまったのだった。
ーやっちまったー
グイードの思いとは逆に人形は高く打ち上げられた。
「は・・・勝ったのか?」
グイードは唖然としていた。もちろんバーンもである。
勝負はグイードの勝ちであった。帰り道、パンパンになった財布をみて思わずにやついていた。
「勝ててよかったですね、グイード」
トゥーナが語り掛ける。
「お前は結局何もしてなかったけどな!」
トゥーナのことなどお構いなく勝負に夢中だったので、あのくしゃみと当たりが彼女の力のおかげであることなど考えもしなかった。今一度冷静になるグイード。
「もしかして、今日の勝ちってお前のおかげ・・・?」
グイードは恐る恐るたずねてみた。
「さあ?それはわかりませんが、『信じる者は救われる。』とだけ言っておきましょうか。」
この女神の力、まさか本物・・・?
グイードのギャンブルは明日も続いていく。イカサマが台頭するこの世の中で、イカサマのセンス無しという最悪の条件を幸運の女神という最高の武器で切り拓いていくのである。
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