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約束
永遠なんて信じてない。兄弟は他人の始まり、なんて言葉もあるくらいだしね。
数兄が僕の特別だったのは、ある約束があったからだ。
僕が七歳、数兄が十二歳の時。
「英、俺のことが好きか?」
僕と数兄は特に仲の良い兄弟だったわけじゃない。
喧嘩もするし、興味のあることもバラバラだったりした。五年も歳が離れていたから、数兄の後をついて回るということもそんなに無かったと思う。
それなのに、何で突然そんなことを聞かれたのか、僕は今でもわからない。
「別に」
素っ気なく、そう答えた。
その時、僕の一番は小学校の担任の教師、汐屋由里子先生だった。僕の初恋。一年一組の担任で、目鼻立ちのはっきりした美人で、まだ若い女性だった。さばさばした性格でやんちゃな子供達にも人気があって、先生に褒められるとドキドキして、先生の笑顔を見られると嬉しかった。勉強しなさいとうるさい母親や、仕事人間の父親よりも先生の方が好きだった。
数兄はもちろんそんなこと知らなかったと思う。
僕だって数兄が誰を好きとか、気にしたこともなかったから。
「俺は英が好きだよ」
そう言われても、僕はぴんとこなかった。
「えー、うっそだー」
そう答えた僕は、だって数兄は優しくないし、僕を好きなんて信じられなかった。疑問が顔に出たのか、数兄は少し笑った。
「覚えておいて。俺は英が好きだよ。
誰よりも英が好き。これからもずっと好きだよ」
僕の目を見て、数兄が告げたその言葉は、僕の心の深いところに染み渡るような、そんな感じがした。
なんでだか僕は嬉しくなって、
「ありがとう」
珍しく素直にお礼を言ったんだ。
それから、特に何かが変わったわけでもない。数兄は中学生になって、クラブや勉強で忙しく、僕は僕で、友達と遊んだり、タブレットでゲームや動画を見るのに夢中で、数兄と親しく話すこともなかった。
たまに数兄がこっちを見てる時があっても、僕はなんだか気恥ずかしくて、目を逸らしたりした。
数兄は僕を好きだと言ったけど、僕は数兄を好きだと思ったことはなかった。もちろん、兄弟としての情はあったが、恋愛的な意味での好きとは掛け離れていた。僕は女の子を好きになったし、数兄にも彼女的な
人がいたと思う。
それなのに、僕は数兄の一番は自分なのだと、疑うことなく信じていた。
それも、恋愛的な意味で。
数兄の言葉は、いつか、僕の中で約束になった。
数兄はずっと僕が好きなんだと、いつまでもそれは変わらないんだと、そんな約束。
僕と数兄との特別な約束は、今考えると、随分身勝手な物だ。
一方通行の好意がいつまでも続くなんて、どうして僕は信じたんだろう。
永遠なんて信じてない。
だから、それは裏切りでもなんでもなかった。
ただ、僕は許せなかった。
数兄の一番は僕じゃないと嫌だと、その時初めてそう思ったんだ。
数兄が十八歳の夏、十三歳の僕は数兄の愛した人の前で、数兄を犯した。
数兄の涙は、数兄の悲鳴は、数兄の謝罪の声は、僕の心に消えない傷を作った。
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