17人が本棚に入れています
本棚に追加
男は刑務所の塀に沿って、歩み去る。
背中に漂う哀愁は、20年におよぶ刑罰の重みだけではないだろう。
まるで浦島太郎だ。
両親はすでに亡くなり、内縁の妻に2度と会えるわけもない。
行くあてなど、どこにも無いのだ。
来る前にスパコン<刑>で求めた、男の未来予測は驚くべきものだった。
あと1分だ。
俺は秒読みを始めた。
男が立ち止まり、こちらを振り返った。
「あと30秒」
深々とお辞儀をした男に、俺は手を振った。
別れの挨拶だ。
「10秒」
「5秒、4、3、……避けろ!」
また、俺は間に合わなかった。
大型トラックが横合いから突っ込んできて、男を塀に押し付け、潰した。
助手席から降りてきたのは、20歳の青年。
今日が誕生日だ。
青年は20年前の今日、男に殺された5歳の子が転生した姿だった。
彼にその記憶は、ない。
「あの子の墓は、反対方向だったな」
墓参りをすれば余命はあと30年、と計算結果が出ていた。
ほかの行動をとった場合の未来予測は、空白だったのだ。
<刑>でさえ予測できない不慮の事故だ。
助手席にいた青年は人間の法律でも、地獄の裁判でも、殺人罪には問われない。
5歳の男の子が、20年前に立てた、復讐の誓いが達成された瞬間であった。
俺は踵を返し、人が集まる前に異相空間へと退避した。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!