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召喚
俺は左後ろを小走りについてくる新人りの管理官、羅鬼に声を掛けた。
「囚人の前では走るなよ」
ラキがまた、「でも」で始まる言いわけを始めたので、黙らせる。
「管理官が走れば、何事か、と囚人どもがざわめく。3回目の説明を聞きたいか」
説明は2回までで、それより後は無能の証明、と新人には教えている。
ひよっこにもプライドがあるらしい。
靴音が廊下に響かなくなる。
男の魂と肉体が幽閉されている、独居房に着いた。
「今日は新しい方を連れて来られたんですね」
めずらしく房内から問い掛けがあった。
俺は答えず、ラキもわきまえて口を閉ざしたままだ。
男を連れ出して、廊下を戻る。
召喚を待つための、部屋に到着した。
「あと7分だ。執行前にしておきたいことはあるか」
「5分間の祈りを」
ラキが「5分前」を告げると、男は魔法陣の描かれた床に腹ばいになった。
まるで地球を抱くように、両手足を広げて目を閉じ、瞑想を始める。
「変わったお祈りの仕方ですね……」
無視していると、ラキは俺からの回答を諦めて、秒読みを始めた。
「10秒前……3、2、1、召喚!」
男の全身が光る。
次の瞬間、光は粒になって拡散した。
空間に揺らぎが生じ、つづいて立体映像が現れる。
まだ20代の母親と5歳の男の子が、手をつないで信号待ちをしている姿だ。
周囲には、まばらに通行人が歩いている。
実寸12センチで映っている子供の方が、映像の中心だった。
「あいつラッキーですね。残りの年数、一気にクリアじゃないすか」
「だといいがな。ラキ、その調子で受刑者に話しかけるんじゃないぞ」
「決められた刑罰以外の負荷を与えることは禁止だからっすね」
分かっているならば、何も言うことはない。
俺が映像に向き直った、そのときだ。
タイヤから白煙を上げつつ、乗用車が映像の中へ飛び込んできた。
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