エレメンタル・カンパニーのお店へ

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エレメンタル・カンパニーのお店へ

エレメンタル・カンパニーのショップはなかなかに入りづらい。なんせ、小洒落ているのである。客層も、きらびやかなネックレスを付けた婦人や、見るからに高そうな杖を携えた紳士など、俺とは縁のなさそうなやつばっかりだ。 この会社、他に競合企業がいないからって価格をつり上げてんだ。明らかにいらない装飾を加えたパッケージがその証拠だ。多少価格を盛っても買ってもらえる現状に、ズブズブに甘えてやがる。回復キットなんて、路地裏の奴らが喉から手が出るほど欲しがってるぞ。 そうだ、そもそもおかしいのだ。シスターが配るべきなのはパンの欠片ではなく、回復キットなのだ。俺には、この世に神がいるとは思えないね。いるならとっとと姿を見せやがれ。少なくともここに元気のない犬と、親のいない子供と、職を失ってもやし料理の専門店が営めそうな浮浪者予備軍がいますよっと。 幸い、牧師の服があるおかげでなんとか店には入れそうだ。注目はされるだろうが、コーヒー服よりかはマシだろう。 表通りの一等地、エレメンタル・カンパニーの経営する魔法道具専門店にやってきた。端から見れば、牧師が幼い女の子と犬を連れて歩いている、なんとも微笑ましい光景に見えるのだろう。その実、これから盗みに入るっていうのにな。バカバカしいぜ。 「お前らは店の前で待ってろ。さすがに犯罪に付き合わせる訳にはいかねぇしな」 「やだ」 「そうそうワンコといい子で待ってて……は?」 すごいな、コイツ。路地裏で会った時も思ったが、ずいぶんと度胸のある奴だ。まだこんなに幼いってのにどんな修羅場をくぐり抜けてきたんだか。言ってもどうせ聞かないので、もう連れて行くことにした。ペロのことがある以上、こちらに不利になるようなことはしないだろう。 「いいか、回復キットのコーナーまでは監視魔法の罠があちこちにあるんだ。俺も、昔工場で働いていたときに、罠に引っかかっちまったが、せっかく伸ばした襟足が、それも二年だぞ?丸二年伸ばし続けたってのによ、一瞬でジュッとやられちまったわけよ。それはもうショックでショックでホントは落ち込んだんだぜ。でも、髪は生きてりゃまた生えてくる。自慢の襟足が復活するまで生き抜いてやるって決めたんだ。いい話だろ?まあ、単純にポジティブに考えた結果なんだけどな。だからお前さんも……」 「ペロ、ゴー!」 「ウォン!」 一瞬だった。俺の話聞けよなんて言う暇も無く、商品が陳列してある棚をひとっ飛び。監視魔法なんて屁でもない、しなやかな体と羽のように軽い足並みで、俺の襟足を焦がしたはずの光線を猫のように躱していく。そして、身なりの整ったご婦人が回復キットを手に取ろうとしたその瞬間、ペロがその手からキットをかすめ取った。 見とれている場合ではない。これはマズい。店にいた客全員がこちらを見ている。キットを咥えてしてやったりな顔をしてるペロと、その犬をなで回すルルと、牧師の格好をした人相ワル男を。 だから俺は、ここは一つ機転を利かせてこう言った。 「いや~皆さん突然のサプライズショーはいかがだったでしょうか?楽しんでくれたのなら幸いです。私たちは病気の犬を助けるためのキャンペーンを行っています。あなた方の優しさで、助かる命があるのです!さあ、募金をこちらに!」 婦人に回復キットを返して、一礼する。たちまち店から拍手が沸き起こった。 当初の計画が思わぬ形で進んでいる。まず、貧しい服を着て募金活動を行い、その利益で闇市で販売されている商品を表通りで転売する。闇市は商品と人がごった返していて、どうにも効率が悪いのだ。売れるはずの商品さえ、埋もれてしまう。そこで、俺が表通りの連中でも欲しがる一品をセレクトして高く売りつけてやろうと考えていたのだ。 だが、こいつらが味方なら話は別だ。もっと効率的にやりくりする方法がある。現にあらかじめ用意しておいた箱にはコインと札が、じゃらじゃら入るわ溢れるわ。 そして、肝心の回復キットもタダで手に入っちまった。何でもゴミだと捨てずに取っておくものだぜ。ご婦人には悪いが、今あんたが持ってるのはキットの空き箱にそこらへんの石を詰めたガラクタだぜ。前に俺が自費をはたいて買ったはいいが、何の役にも立たずに中身だけ散った負の産物だ。 あまりしつこく留まっていても怪しまれてしまうため、撤退することにした。こういうのは引き際が大事なのだ。惜しまれて引退する歌手や選手はいつまでもいい印象を残す。それと同じ原理さ。欲を表に出してはいけないのだ。 にしても、こいつらタダのガキと犬ころじゃないな。そもそも、俺なしで盗みができるなら、なんで祈ってくれなんて頼んだんだ?おかしなことになってきたぞ。
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