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「お化け屋敷が来るんだって!」
朝の子供体操から帰ってきた弟が、汗だくの顔でそんなことを言った。
「お化け屋敷?」
「うん、明日からお祭りでしょ?」
何を言っているのか、よくわからない。
「カナトの父ちゃんが、今年はお化け屋敷を呼んだから楽しみにしとけって言ってた!」
弟の同級生カナトくんのお父さんは、青年会のリーダーで、この町ではわりと有名な人だ。神社のお祭りや消防団の大会や運動会などなど沢山のイベントで目立っていて、あの人がいないと何も始まらない的な存在だった。
でも、お化け屋敷が来るとか呼んだとか、どういうことだろう?
「カナトくんのお父さん達が作るんじゃないの?」
文化祭でお化け屋敷をやる的な、そういう感じで作るのかと思ってきいたら、弟は違う違うと首をふった。
「ちゃんとしたお化け屋敷が来るんだよ!」
ちゃんとしたお化け屋敷?
「旅芸人さんだろ」
横で出荷用のナスを袋詰めしながら聞いていた祖母が、くすくす笑いながら言った。
「昔はよく巡って来てたもんだけど、最近は珍しいね」
「旅芸人って?」
「一座で旅して芝居や踊りをする人たちのことだよ。テキ屋さんみたいにあちこち巡ってな」
テキ屋さんならわかる。お祭りになると現れて屋台を出す人たちのことだ。
「テレビも映画もない時代には、どこの田舎でも喜んで迎えてたんだろうけど、おばあちゃんが若い頃にはもうだいぶ廃れてたね。それでも年一回ぐらいは来てたかなぁ。年寄りはみんな楽しみにしてた。それが、いつの間にか来なくなって」
祖母はなつかしそうに目を細めている。
「お化け屋敷が専門の一座もあるって、いつだったかテレビで見たから、青年会が呼んだのはそういうのじゃないのかね」
「ばあちゃん、一座って何?」
弟にとっては初めて聞いた単語だろう。高校生の私にも、ほとんどなじみのない言葉だけど、さすがに意味ぐらいはわかる。
「お芝居を一緒にやるグループのことを一座っていうんだよ。旅芸人さんは、一座であちこち回って仕事するんだ」
「へー! 毎日お祭りみたいで楽しそうだね」
「ま、いろいろ大変だろうけどね」
祖母は袋詰めしたナスをプラスチックのコンテナに丁寧に並べて入れると、弟に「ほい、ユウキの出番だよ」と声をかけた。
「まかせろ!」
弟のユウキは嫌がりもせず、さっさとコンテナを台車にのせて積み重ね、近くに停めてある軽トラックのそばまで押していった。そこからは私も手を貸し、弟と二人で荷台にコンテナを積み込んだ。
うちは父親がいなくて、母は工場で働きながら、祖母は農家をしながら、二人で私と弟を育ててくれている。
よその子も家の手伝いをしてるのかなんて知らないけど、私たち姉弟は早くから、自分に出来ることを見つけて手伝うようにしてきた。
「それじゃ、出荷してくるから、待ってないで先に朝ご飯しな」
「うん。いってらっしゃい」
「ばあちゃん、気をつけてな」
夏野菜を朝のうちに収穫するのは夏休みの日課だ。
祖母を見送ってから家に入り、もぎたてのナスやキュウリで簡単なおかずを作り、弟と二人で食べる。母はもう出勤していて、キッチンのテーブルの上にお金と買い出しメモが置いてあった。
『豚小間500g、にんじん、カレーのルウ、麦茶の徳用パック、乾燥ワカメ、めんつゆ、たまご、ハム、食パン』
近所の商店でもそろう品ばかりだったけど、今日は友達とプールに行く約束があるから、その帰りに町の中心部にあるスーパーに寄ることにした。
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