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1人、ベッドに横になって目をつぶる。
ぼんやりと大林先輩の顔が浮かんだ。
——「内海より俺の方がいい男だと思うけど?」
大林先輩に言われたことを思い出した。
思わず笑ってしまう。
お気楽でいいな、あの人は。
本当に久しぶりに会った大林先輩は、俺にはあまりにも眩し過ぎた。
高そうなスーツを着ていて、髪型もお洒落。
いかにも仕事が出来ます、って感じの雰囲気。
でも、嫌味じゃない。接しやすい雰囲気を醸し出している。
ああ、そうだったなって思い出した。
大林先輩ってこんな人だった。
こんな大林先輩が、嫌いで、好きになった。
あの時。
あのまま、先輩の無責任な優しさにどっぷり浸かってしまっていたら、その先に何が待っていたんだろう。
たぶん、苦しい未来が待っていたと思う。
先輩は俺の事を可愛い後輩って思っていたかもしれないけど、俺は先輩のことをただの親切な先輩だとは思えなかった。
こんな性格が汚い俺に優しくしてくれる、そんな人を好きにならないはずがなかった。
先輩の優しさは、毒だ。
逃げて正解だった。
次の日の朝になっても、翔は帰ってきていなかった。でも、スマホの通知を見て心臓が高鳴った。
——今日、定時で帰んの?
翔からのLINE。俺の帰る時間を気にしている。
普段、こんなことほぼないのに。
誕生日、覚えててくれたんだ。
久しぶりに一緒に夕飯を食べようとしてくれている。
——定時は無理だと思う。21時までには帰るよ。
震える手でメッセージを打った。
嬉しい。嬉しすぎる。
もはや、誕生日なんか関係ない。翔が俺のことを考えてくれてる、その事実が嬉しい。
「おっけー」だけの返信すら嬉しい。
今日の夕飯は何にしようか。
奮発してちょっと高めの肉を買おうか。自分の誕生日のためにいい肉なんか買ってきたら、翔は呆れるかな。
クリスマスに大きな鶏肉をオーブンで焼いたら、「こんなん2人じゃ食いきれねぇよ、馬鹿だなぁ」って笑ってたっけ。あの頃はまだ翔はちゃんと俺のことを見てくれていた。
俺は一日中、夜のことが気になってそわそわして落ち着かなかった。お昼もどこかテンションが高かったようで、同僚に「何かいいことあった?」と聞かれる始末。
いい大人が恥ずかしいけど、少しくらい浮かれたっていいと思う。誕生日だし。
神はさらに俺の味方をしてくれた。
予定されていたミーティングが延期になり、企画書の提出期限が伸びたので、早く帰れることになったのだ。
もう、スキップして帰りたい気持ち。
家の近くのケーキ屋さんがまだ開いていたので、2人でも食べ切れるサイズの美味しそうなケーキを買った。
スーパーで夕飯の材料を買う。
ちゃんと、少しだけ高い肉を買った。良い肉だから塩コショウだけして食べるのが1番かも。
それだけじゃ足りないから、エビを買ってパスタを作ることにする。エビも高いから普段、あまり買わないけど今日はそんなの気にしない。
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