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片手にケーキの箱、もう片手にスーパーの袋を持って鼻歌交じりに帰り道を歩く。
マンションが見えてきた。
……あっ、俺らの部屋の電気がついている。
翔はもう帰ってきているようだ。
自分が帰って来た時に電気がついているなんて、いつぶりだろう。それこそ昔は「何時に家に着くよ」とかお互い逐一連絡していたけれど。
両手が塞がってる中、頑張って鍵を開けてドアを開ける。
「たっ……」
ただいま、という言葉がつっかえた。
玄関に知らない靴がある。女物の。
全身の血液がつま先に溜まっていくような感覚をおぼえながら、俺は靴を脱いだ。
寝室からかすかに聞こえる女の高い声。
俺はゆっくり寝室の前までいくと、躊躇わずにドアを開けた。
裸で抱き合う男女。俺の、俺たちのベッドの上で。
「……何、してんの」
翔が飛び上がってこちらを振り向いた。
「は?お前、マジかよ、うわ、だる」
俺を認識した翔は片手で自分の前髪をかきあげると、さぞ面倒くさそうにため息をつく。
「定時は無理って言ってただろ……お前さぁ……」
俺は無意識に寝室のドアを閉めていた。
逃げるように玄関に行って、靴を履いてマンションから飛び出す。
馬鹿だ。
ほんと、俺は馬鹿だ。
何を夢見ていたんだろう。
全部自分の都合のいいように、考えて。
翔は一言も誕生日のことなんか言ってなかった。
一緒にご飯を食べようとも、自分が何時に家に帰ってくるかも言ってなかった。
返信は相変わらず素っ気なかったし。
なのに、朝から浮かれて上機嫌で。
高い肉にケーキなんか買っちゃって。
ボロボロ涙がこぼれる。
浮気現場を見られてもあの態度。
翔は慌てることも取り繕おうともしなかった。
ただ面倒くさそうに俺を見ただけ。
18時半。
これからどこに行こうか。
とりあえず、ホテル、泊まるところを探さないと……
「あっ」
足がもつれて転んだ。無意識に、ケーキを庇うように倒れ、代わりに自分の体が犠牲になる。
ケーキは恐らく無傷、高い肉も無事。
スーツは汚れたけど、俺の体も何とか無事。
心は全然無事じゃない。
立ち上がれない。
体は無事なのに、立ち上がる気力が湧かない。
もう駄目だ。全然、駄目。
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